同級生たち―――今では全校生―――の‘犬神潰し’は毎日続いた。
殴られ、蹴られ、唾を吐きかけられる日々。
全てに腹が立った。こんな目に合わせるように仕組んだ玉章を、そしてそれに従う人間たちを憎んだ。
だが犬神はじっと耐えていた。
そしてある日突然―――その力が開花した。
「一緒に行こう、犬神」
突如手を差し伸べてきた玉章に、犬神は目を見開いた。
だが玉章は気にした様子もなく、笑みを浮かべている。「凄いじゃないか。やっと見つけたな・・・自分に潜む魔道を」
「・・・・何言ってんだおまえ・・・・おかしーんじゃねえか」
犬神は不敵に笑う玉章を睨みつけた。「お前が、後ろ手に縛り付けて、俺をいたぶったんじゃねぇか。大勢の手下ひきつれてわけわかんねぇ言葉並べてよ・・・おめーがシバいたんじゃねえか昨日だって・・・毎日毎日ィ!!」
「そうだ。その状況で」
玉章は両腕を広げ、周りに倒れている血だらけの部下たちをしめした。「――――君はそのすべてを絶命させた」
「・・・・・・」
犬神が黙っていると、玉章は思い出したように指を鳴らした。
「ああ、そうそう。きみに紹介したい人がいるんだ。この芝居に一役買ってくれてね」
後ろを振り返り、手を差し出す。
「瑚々」
玉章が呼ぶと、一人の少女が彼の手をとって前に出てきた。
見たこともない女だ。流れるようなブルネットの髪。滑らかな肌。燃えるような紫色の瞳。
そのあまりの美しさに、思わず息をのむ。
「お前…誰だ」
そう尋ねると彼女はくすっと笑った。「やだなあ、犬神。私を忘れちゃったの?」
その聞き覚えのある声に犬神は目を丸くした。「お前…望月…?」
彼女がゆるりと笑った瞬間、その姿が眼鏡の少女のものに変わった。
「じゃじゃーん。驚いた?」おどけているが、その目は笑っていない。「まぁ、この姿は嫌いだけど、今回は役に立ったわね」
犬神は怒りが燃え上がるのを感じた。「お前がこれを仕組んだのか……!」
彼女は笑みを浮かべる。「そう。あのくだらない茶番をお膳立てしたのは、この私。きみに不利な状況をつくり、孤立させ、憎しみをかりたてた」
「てめえ…ッ」
今にも殴りかかろうとする犬神をみて、女は嬉しそうに笑みを深めた。「あらあら、怒っちゃった?でも」
女はそのほっそりとした手を伸ばし、犬神の顎を掴んだ。
「これも全て、玉章のためなの」
狂気に満ちたその瞳を見て、犬神は背筋が凍った。
この女は本気だ。
玉章に視線を向けると彼は満足そうに彼女を見つめていた。
「だからね、犬神」
はっとして視線を戻すと、彼女の顔が目の前に迫っていた。「私たちには、あんたが必要なのよ」
その瞬間彼女の唇が俺の口を塞いだ。
必死に顔を背けようとしたが、彼女が頭を押さえていて動けない。手もまだ縛られたままだ。
滑らかな舌が口の中に入ってきた瞬間、犬神の脳裏に様々な映像が浮かび上がってきた。
一人の少女がいる。
人間にして、果てしない膨大な妖の力を持つ少女。
その力を得ようと、邪な妖怪たちが現れ、彼女が住む村を無茶苦茶に荒らした。
人々はすべての原因である彼女を恐れ、町はずれにある祭壇の上に鎖で縛めた。
妖怪たちが彼女の肉を切り裂き、中にある‘力’を取り出そうとしたその時、彼が現れた。
「一緒に行こう」
そう言って差し出された手。
そして彼女は彼について行くことを決意した。
映像が途切れ、そこで犬神は気付いた。
これは―――彼女の記憶だ。
「私達は似てるんだよ、犬神」唇を離して、犬神の頬に触れながら、彼女は言った。
「お互い疎外され、忌み嫌われてきた。でもこれからは違う」
腕を伸ばし、犬神を優しく抱きしめる。「私があなたのそばにいる。これからは、あなたを一人にはしないわ」
その言葉に、犬神は目を見開いた。
体を離し彼女のその口元に浮かぶ哀しげな笑みを見て胸が熱くなる。
切り取られた絵画のように美しい一瞬―――でもそれはどこか哀しげで、寂しそうで。
そこには、孤独を知ったものでしか分からない深い悲しみがあった。
そしてそれは今もなお―――彼女の心を縛り付けている。
「私たちは変われる」真っ直ぐに犬神を見つめながら、彼女は言った。「もう、一人じゃない」
犬神は目を大きく見開いた。変われる?本当に?
犬神は、同じ妖怪たち、そして人間たちに歓声を受けている自分の姿を思い浮かべた。
全ての者に祝福され、尊ばれている自分―――。
だけど―――それでも―――もしかしたら―――変わらないかもしれない――――だが、それを決めるのは俺自身だ。
さっきから黙っていた玉章が、すっと手を差し出す。
犬神はじっと差し出された手を見つめ、恐る恐るその手を取った。
「ようこそ、四国八十八鬼夜行へ」
耳元で瑚々が囁く。「もうあなたは―――私たちの仲間よ」
‘仲間’。
そんなもの、二度と手に入ることはないと思っていたのに。
犬神は唇をかみしめ、空を見上げた。そうでもしないと、涙が溢れそうだった。
その時瑚々と玉章が意味深に視線を交わしたが、犬神は気付かなかった――――・・・。
(玉章と瑚々は俺を変えてくれた。居場所をくれた)
犬神は歓声を受けている奴良リクオを睨みつけながら拳をぎゅっと握りしめた。
(それに、あいつは―――)
ちらりと瑚々に目をやる。
彼女は壁にもたれかかり、腕を組みながら壇上に立つ奴良リクオの姿を見つめていた。
たとえ仮初めの姿でも、その姿は美しい。
――――あいつは俺の全て。生きる目的。あいつの願いが、俺の願い。
ただ似ているだけじゃない―――――彼女は、犬神自身なのだ。
(誰にも渡さねぇ)
玉章にも、奴良リクオにも、他の奴にも。
その時、彼女の視線がゆっくりと犬神に向けられた。
その紫色に輝く瞳を見て、胸が熱くなる。
哀しくて、寂しくて、切なくて――――それでいて、愛おしい。
犬神はぐっと拳を握りしめた。
(俺はあいつのために戦う)
ビシビシと首の皮膚が裂け始める。
視界の端で、瑚々が笑っているのが見えた。
(妖怪犬神は――――未来永劫、お前のものだ)
次の瞬間、犬神の首が宙に向かって飛び出した。
彼女のために。
あとがき:なんかごっちゃごちゃ。私って、過去の話になると、どーもどろどろになるのよね。うん。
初めてココの過去を省略したとはいえ、書きました。まーそういうことです。
本当は玉章の陰謀があるんですが、それはまた別の機会に:)
・・・ってか犬神アニメでは泣くのね。鼻水と涙で顔ぐしゃぐしゃじゃん。
カッコいいけどw



あんなに勉強しなくてもよかったかも(笑)