障子が開かれたが、瑚々は目を上げなかった。


「やぁ、瑚々―――いや、血塗られた花嫁と呼んだ方がいいかな?」


「・・・・・・・」


瑚々が黙っていると、リクオは障子を背にして座り込んだ。


「―――――玉章は、無事四国についたそうだよ」


ぴくりと彼女の体が反応する。すっと瞼を閉じる。「・・・・そう」


決して声には出さないが、彼女が心から安堵しているのが分かる。


「きみと玉章は・・・・」躊躇いがちに口ごもる。「一体・・・どういう関係なんだ?」


戦いの中、命を投げ出そうとしてまで玉章を守り抜こうとした瑚々。


そんな彼女を盾として扱い、そして捨てた玉章――――・・・。


この二人の中の‘何か’を戦いの中でリクオは感じていた。


切なくて、儚くて、消え入りそうな・・・・それでいて結びついた何かを。


「――――利用し、利用される関係」


しばらくして、小さな声で彼女は呟いた。目はきつく閉じられたままだ。


リクオは眉を寄せた。「それって・・・どういう意味なの?」


「そのままよ。玉章は私を利用して、ここまで昇りつめることができた。私も彼の肩書きを利用して妖怪たちを操ることができた。ただそれだけ」


そう言って肩をすくめる。「皮肉よね」


「だけどきみは・・・」


何かを言いかけようとするリクオの言葉を遮るように彼女は手を振った。「・・・・ええ。そうかもね。でも彼は私の心を散々傷つけて、行ってしまった。今はもう・・・苦しみしか残ってない」


そこで目を開け、彼女はリクオを見た。


その瞳は、鮮やかな紫色。


「・・・・・君は強いね」その瞳を見つめながら、リクオがぽつりと呟く。


今度は彼女が眉を寄せた。「どういう意味?」


リクオは苦笑した。「あんなことがあった後でも、きみは涙を流さない。初めて会ったあの時も、きみはいつも哀しそうな顔をしてただけで、絶対泣かなかった。強いよ」


彼女は笑った。でもその目は笑ってない。彼女の瞳は、正直だ。「本当に強いのは、涙を流す人よ。魂が血を流す唯一の方法は涙を流すこと。それができない私は・・・弱い。」


だから彼は捨てたのかもね、と自虐的に微笑む姿に、心が締め付けられる。


「でも・・・」彼女はすっと目を細めた。「人生は喜びより苦しみの方が多い。鋭いとげを感じ、私たちはそれでまだ生きていることを知る」


その瞬間、彼女の目がギラリと光った。


反応する間もなく、彼女は人間とは思えない素早さでリクオの腰に差していた護身用の刀を抜きとり、そしてそれを、自らの腹に深々と突き刺した。


唖然とするリクオの顔にその血が撥ねかかる。


彼女は血だらけの歯を見せながら笑みを浮かべた。


「どうやら・・・私は・・・・まだ生きてる・・・みたいね」



次の瞬間、彼女はリクオの体に被さるように崩れ落ちる。


彼女の重みを感じ、リクオはショック状態から覚めた。


慌てて彼女の顔を見るが、血の気が引き、息も絶え絶えだった。


「そんな・・・瑚々・・・・・誰か、誰か来て!!」


リクオが大声で叫ぶと、慌ただしく廊下を走ってくる音がして、大きく障子が開いた。


「何事ですか、若!」


「三ツ目・・・・!鴆君呼んできて!早く!!」


その時、うっすらと彼女の目が開いて、目の前に立っている男を見上げた。


彼女と目が合い、男はたじろぐ。


「・・・・やっと・・・見ーつけた♪」

ふっと彼女の口元に笑みが広がったが、リクオは気付かなかった。









花嫁は血に染まる。

















瑚々は鏡の中に映る自分の姿を見つめていた。


鮮やかな紫色の瞳が二つ、こちらを睨み返してくる。


やがてその姿が徐々に変化していく。


それは犬神に変わり、針女に変わり、夜雀に変わり、奴良リクオに変わり、そして―――玉章に変わった。


ギラギラと輝く瞳が、瑚々を見つめる。


彼女は口元をほころばせた。


「玉章・・・」


鏡に手を伸ばしかけた途端、玉章の目がカッと見開かれる。


「お前なんかいらない」


驚く暇もなく、鏡の中の玉章が言う。「お前は、もう用済みだ」


その瞬間、彼女は炎につつまれた。










瑚々は悲鳴を上げながら、布団から跳ね起きた。


途端にドタバタと誰かが廊下を走ってくる音がして、障子が大きく開かれた。


太陽の光が部屋の中に差し込んだが、彼女は耳をふさいで叫び続ける。


「おい・・・・落ち着け・・・!」


「いやっ・・・いやっ・・・!玉章・・・っ・・・玉章・・・・っ!」


布団に押し戻そうとする手に抵抗しながら彼女は喚いた。「離して・・・・私に触らないで・・・っ!」


「落ち着けって・・・!お前が見たのはただの夢だ!」


「え・・・」


ぴたっと彼女は動きを止めた。「・・・・・夢?」


「ったく・・・あんなに暴れりゃあ、傷が開くじゃねえか」


乱れた彼女の着物を直してやりながら、現れた青年ははぁ・・・と呆れたように溜息をついた。


表情には出さないが、その瞳が動揺に揺れているのを見て、彼は眉を寄せる。「大丈夫か?」


「・・・・・・ここは?」ぐるりと部屋を見回しながら、彼女が尋ねた。



「奴良組本家だよ」



その瞬間、彼女の目がギラリと光ったのを見て、青年は困ったように「おいおい・・・」と頭をかいた。


「その怪我で戦おうなんざ思うなよ。それに、お前たちは負けたんだ」


「・・・・・・」



唖然と目を見開く彼女をしばらく見つめてから、青年は立ち上がった。


「待ってな。今リクオを呼んできてやるからよ。どーやら、お前たちには話し合いが必要らしい」










青年が出て行って、一人部屋に残されると瑚々は、笑みを浮かべた。


その姿は、さっきまでの孤独に苛まれていた少女とはまるで別人だった。







繰り返される闇






あとがき:意味不明。まぁ、とりあえずまた彼女が色々しでかすということで。。。


ちょっとナイーブな彼女をかいてみました。ぜん君との絡みも合わせてみて。


確かに、玉章には捨てられ、悪夢にうならされるけど、実はこれも計画の一部なのよと。







「・・・・本当に、いいのか?」


目を見開き、唖然としている瑚々に目をやりながら、ぬらりひょんが尋ねると、隠神刑部狸は頷いた。


「たとえ妖の力を持っていても、所詮あの娘はただの人間・・・。我々とは違いすぎるのじゃよ・・・」


二人を見つめ、哀しげに目を細める。「あの二人はまだ・・・・若すぎる」


「私を見て」


玉章の頬に触れながら、消え入りそうな声で瑚々は囁いた。「約束したじゃない・・・私たちは一生一緒だって・・・絶対に離れないって・・・」


目を上げ、玉章を見つめる。


「ふりかえらずに、私の元から去っていけるの、あなたは」


玉章は瑚々の瞳を見た。


紫陽花色の、美しい澄んだ瞳。


めったに表情を出さない瑚々だが、その目だけが唯一感情を映し出していた。


‘行かないで’と彼女は言っている。‘行かないで。私を一人にしないで・・・’


玉章はぐっと拳を握りしめた。


できるなら、そうしたかった。本当にそうしてあげたかった。


だけど、それは・・・間違っている。


僕たちが―――人間と妖怪が―――一生共にできるなんて―――不可能だ。


今から口にする言葉が、彼女を傷つけることになるのは分かっている。


だが、言わなくては。


自分のためなんかじゃない―――――唯一無二の存在である、彼女のために。



「ボクは・・・・・きみの力だけが必要だった」


彼女の手を振り払いながら、玉章は感情のこもらない声で言った。

「だけど、力を失ったきみは・・・・もう、用済みだ」



瑚々の目が、段々と見開かれていく。


彼女の心に無数の傷がつき、そこから血が溢れ出す。


玉章は立ち尽くす彼女の横を通り過ぎ、ふらふらと八十八鬼夜行の最後尾に並んだ。


「っ・・・玉章・・・!」


はっと我にかえり、慌ててその後ろ姿を追おうとするが、一歩踏み出す前に、彼女は地面に倒れ込んだ。


腹部の傷と、全ての妖力を使い果たした彼女は、もう限界だった。


「玉章・・・!お願い・・・待って!」


彼女が叫ぶが、玉章は振り返らない。


「お願い・・・っ・・・一人にしないで・・・!」


その後ろ姿が見えなくなるまで彼女は叫び続けたが、彼が振り返ることは一度もなかった。


「玉章・・・・」


呆然としながら、小さな声で、彼女は呟いた。


見かねたぬらりひょんが彼女の肩に触れようとしたが、彼女は震えだす。


最初は小さく震えているだけだった。震えが手から腕へ、腕から肩へ伝わっていく。


さらに激しくなって胸から脚へと広がって行き、そのうち全身がばらばらに飛び散りそうになったかと思うと、次の瞬間―――凍りつく。


瑚々は叫び声をあげた。


同時に彼女の中に残っていた妖力がほとばしり、周りのビルの窓ガラスが音を立てて割れていく。


割れたガラスの破片が、雨のように彼女の体に降り注いだ。


地面にうずくまり、孤独への恐怖で震えている血だらけの彼女の姿を、朝日が照らしていた。






因果はめぐる。