「毎日同じ夢をみる」

窓の外に広がる海を見ながら、彼女がぽつりと呟く。「兄が目の前で事故で死ぬ。担当医が私の恋人を殺す。そして悲鳴を上げながら目を覚ます」

俺は何も言わず、彼女の傷だらけの腕を見つめる。

彼女が自分自身を傷つけないよう、ペンギンに言って先の尖ったものは全て部屋から排除した。

彼女は精神を病んでいる。これ以上できることはない。

俺は手を伸ばして、彼女を振り向かせる。

彼女の暗い色合いの瞳が、俺を見返す。

何を言うべきかわからない。

だからただ無言で見つめ合う。

「なんで」

しばらくして彼女は顔をしかめ、俺の顔に触れる。

「そんな悲しい顔をしてるの」

俺は黙ったまま腕で顔を覆う。

目頭が熱くなるのを感じ、どうすれば止めることができるのか考える。

彼女が腕を優しくさする。

医者のくせに患者に慰められるなんて、馬鹿な話だ。

だが俺は何も言わず、その優しい手つきに身を任せる。

今、自分と彼女がいる。

一番大切なことは、それだけだ。








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「結婚したぁ?!」

次の日、霜月の話を聞くと高尾は教室で素っ頓狂な声を上げた。

「ちょ、ちょ待てお前!なんで一週間しかアメリカに行ってないのに、そんな無茶苦茶なことになってるんだ?!」

「私だって想定外よ」

霜月はうんざりしたように結婚指輪をくるりくるりと回した。

「セックスの相手を一人にしぼるなんて…最悪」

「………」

「出たな、霜月節」

口が聞けない俺に、高尾が同情するようにぽんぽんと肩を叩いた。

「で、なんでそんなことになった?」

気を取り直して尋ねると霜月は肩をすくめた。「兄の大学のパーティに行ってたのよ。そこでお酒を飲んで、踊りまくってたら、とーーってもキュートなお尻をした男の子に声をかけられて、意気投合したの」

その日を思い出しているのか、うっとりとした表情で語る霜月。「で、目が覚めたら二人で教会にいて、薬指を見ると…」ぞっとするように指輪を見る。「これがあった」

「その後は?」高尾が興味津々で続きを促す。

霜月はお手上げというように手を上げた。「その後は、彼が眠っている内にホテルに戻り早朝の飛行機に乗って逃げてきたの。厄介ごとは嫌だもん…だけど」

そこでわざとらしくため息をつく。「彼も私を追ってさっき飛行機に乗ったと兄からメールがきたわ」

「なんだと?」

俺はぎょっとして、思わず声をあげた。

「まさか、そんな軽はずみな結婚を…そいつは本気にしてるのか?」

霜月はウィンクした。「私って、魅力的だから」

俺はのほほんとしている霜月を本気で殴りたくなった。

「で、相手の名前は?」

殴りかかろうとする俺を抑えながら、高尾が尋ねた。

「ネイサン・パールハント」

マニキュアをした爪を見ながら事も無げに彼女は答えた。

その名を聞いて、俺と高尾はぴたりと動きを止めた。

「ネイサン・パールハント?」

「ええ」

「まさかそれって…」

「ええ、そうよ」

霜月はニヤリと笑った。「二人なら知っているでしょ。NBAのスター選手、あのネイサン・パールハントよ」
霜月がアメリカへ行ってから、一週間経った。

その間、ゴールを今までにないほど外しまくり、監督にも先輩にも文句を言われ、さすがの俺もイライラした。

「霜月がいないと調子わりぃーな、真ちゃん」

ロッカールームで高尾がからかってきたが、俺の顔を見ると慌てて出て行った。

「全く…」

ため息混じりにロッカーを開けると、貼ってあった霜月の写真が見返してきた。

まだ二人が知り合って間もない頃、彼女が冗談で貼り付けたものだ。

写真の中の彼女は、夕日をバックに金糸のような髪を抑えながら煙草をくわえ、妖艶に微笑んでいた。

その写真をしばらく見つめた後、俺がロッカーを荒っぽく閉めると…。

「ハーイ、ダーリン」

あの、甘くてセクシーなハスキーヴォイスが聞こえ、はっとして振り返ると、隣のロッカーにもたれかかりながら、彼女が鮮やかなブルーの瞳を細めて微笑んでいた。

俺は目を丸くした。「霜月…?」

「久しぶりね。寂しかった?」

彼女が髪をかきあげると、窓から差し込む日の光に当たってキラキラと輝いた。

その姿はまるで女神のようで…。

突如思いがどっど押し寄せてきて、息ができなくなる。

戻ってきた。本当に戻ってきたのだ。

「そんなわけー…」

喜びを押し殺し、いつものように反論しようとして、俺ははたと気がついた。

彼女の様子が…どこかおかしい。

俺の目を見ようとしないし、左手を隠している。笑顔もどこかひきつっている。

「霜月…何があったのだよ」

彼女は表情を変えない。「何も」

俺が無言で見つめると彼女も挑むように見返してきた。

暫くして、彼女は肩を落とした。「分かった。白状する」

そう言って、左手を見せる。

その薬指にあるものをみて、俺は目を見開いた。「お前…それ…」

薬指にはまっているのは、一カラットダイヤモンドが埋め込まれている、結婚指輪だった。

霜月は困ったような笑みを浮かべた。

「私結婚しちゃった」


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