「話をするのが本当に上手いわね、テツヤ」

彼女はにこやかに微笑みながら、一歩ずつこちらに近づいてくる。

「簡潔で明解。思わず聞き入っちゃった」

「それはどうも」

黒子は身構えたまま、一度も彼女から視線を外さない。「桃井さんは無事なんですか」

「勿論。まだ死んでもらっちゃ困るもの」

さらりとそう言って、彼女は黒子の目の前に立った。

背は黒子より高い。細身ですらりとしていて、抜群のスタイルだ。

「寂しかった?」と彼女は悪戯っぽく尋ねた。

だが黒子はにこりともしない。「…どうしてここに?」

彼女は肩をすくめた。「あなたとあなたの‘オトモダチ’に会いに来たの」

そう言って、彼女は火神を見た。驚く彼に向かって小首を傾げ、笑みを浮かべる。「はじめまして。柊 アリスよ」

しかし彼女のあまりの美しさに火神は答えることができず、口をぱくぱくさせた。

ストレートの腰まである艶やかな黒髪。雪のように白い肌。ふっくらとした薔薇色の唇。

顔の作りは完璧で、まさに非の打ち所がない。

だがそのトパーズ色の瞳を見て、火神ははっとした。

口元は笑っているのに、その瞳は氷のように冷たい。

それはまさに…。

(赤司の目じゃねぇか)


唖然とする火神から、その瞳は隣にいるカントクに動いた。

美女に見つめられ、カントクはびくっと体を震わせた。

彼女は首を傾げた。「あなたはマネージャー…じゃないわね」

マネージャーだったらもっとさつきみたいに女らしいもの、と笑う。

カントクは拳を握りしめたが、何も言い返さなかった。

彼女に逆らわない方がいいと既に気がついていた。

「彼女は監督ですよ、アリス」

挑戦的にカントクを見下ろすアリスを黒子がたしなめるように言った。「それで、本当は何しに来たんですか」

「実はね」ようやくカントクから視線を離し、彼女は黒子に笑いかけた。

「‘彼’に勝ってほしいの」











「あれ、アリス寝ちゃったんスか?」

二年前の夏。

合宿が終わり、帝光中学バスケ部全員がバスの中で帰路についている時だった。

黄瀬の声に、黒子を含めたキセキの世代ーー青峰、緑間、紫原ーーと桃井が同時に後ろを振り返ると本を読んでいる赤司の膝に、アリスが頭を乗せて静かに眠っていた。

「へぇーやっぱこいつも人の子だな」その愛らしい寝顔を見て、青峰が感心したように声を上げた。

「あーいう性格じゃなかったら、アリス普通に可愛いのになー」

ぷにぷにと彼女の頬を指で突っつきながら、紫原が残念そうに唇を尖らせた。

「それにしてもアリスが人前で寝るって、かなり貴重ッスね」

写メ撮っとこ、と携帯を取り出し、その寝顔を撮影する黄瀬を見て、緑間が呆れたように眉を上げた。「お前は悪質なストーカーか」

「黄瀬君変態ですよ」

「え、自分も携帯取り出してるのになんで黒子っちまで俺を責めるんスか?!」

「ちょっと皆!アリスちゃんが起きちゃうでしょ!」


と、その時。

アリスの瞼が震え、ゆっくりと目が開かれた。

六人は慌てて前を向いたが、座席と座席の間からそろーと盗み見した。

見ているとさっきまで身動き一つしなかった赤司が本を閉じ、彼女を見下ろした。

「よく眠れたかい、お姫様」

彼女は、眩しそうに目を細めてにっこり微笑した。赤司だけに見せる、本物の笑み。

赤司の方も普段では考えられないような穏やかな表情をしている。

手を伸ばし、彼女の艶やかな髪を優しく撫でる仕草は思いやりに溢れている。

二人は顔を見合わせ、微笑みあった。


ーーーー・・・


「ーーあの赤司君が唯一人間らしさを見せた相手、それがアリスでした。逆もしかりですけど」

「ちょっと待て。…でした?」

途中から過去形で話し始めた黒子に気づき、火神が遮った。「つまり…もう違うってことか?」

黒子は視線を落とした。「…はい」

話に聞き入っていたカントクと火神は顔を見合わせ、また黒子に視線を戻した。「一体…何があったの?」

「それは…」何かに気づき、突然黒子は身体を強張らせた。ようやく口を開いたが、その声は冷たかった。「…本人に聞いてください」

「え…?」

その時。

「こんばんは、テツヤ」

突然背後から聞こえた、甘い声。

はっと振り返ると、一人の少女が壁にもたれかかりながら、こちらを見つめていた。

黒子は立ち上がり、愉快そうに笑っている彼女を真っ正面から見据えた。


「こんばんは、アリス」
「…困りましたね」

「どうした、黒子?」

いつになく深刻な表情で携帯を見つめる黒子に、火神が尋ねた。

ちょうど練習が終わり、明日は試合。

その緊張のせいかと思ったがそういうわけではないようだ。

黒子はため息をつき、顔を上げた。

「…アリスが戻ってきました」

「…は?」

アリス…?

「だれ、その子?」二人の話を聞きつけたカントクがやってきて興味津々に尋ねた。「聞いたことないわね」

「元同級生です」携帯にまた視線を落として黒子は上の空で答えた。「まだ入院していると思ってたんですが…」

少なくとも、あと五年は。

そう呟き、二人に携帯の画面を見せる。



ビッチが戻ったわよ。覚悟しなさい
ーーーA



たった一文のメールだが、一斉送信先を見て二人は目を見開いた。


赤司 征十郎
緑間 真太郎
黒子 テツヤ
黄瀬 涼太
青峰 大輝
紫原 敦

「これ…キセキの時代全員宛に?!」

「ええ、しかも桃井さんの携帯から」


ちょうどその時またメールが受信された。黒子がメールを開くと、たった一行の文章が現れた。


明日WCの試合前に全員集合。



その差し出し人を見て、火神は息を呑んだ。

「赤司…!」

「これって…」じっとメールを見ていたカントクが黒子に目をやった。「そのアリスって子に関係あるの?」

「大アリだと思います」

黒子は携帯をパチンと閉じた。

「アリスは赤司君の幼馴染ですから」