講師の仕事で連日スタジオに通ってる。
コロナ騒動により生徒を集めてのレッスンが出来ないため、年度終わりの修了グランプリも中止になり、個別でオーディオデータを送ってもらい、それについて我々がフィードバックする、という形の授業と相成った。
わたしは、各クラスを1年間担当されていた担任の先生のサブ的ポジションで、生徒たちの声だけを聴いてフィードバックを返すのが仕事なのだが、顔も名前も知らない生徒が殆どの中、「あくまで声を聴いた時の率直な感想」を伝えるのがなかなか難しい。
オーディションと捉え、自分が審査員だった時にどう感じるか?を伝えればいいや、と気楽に考えていたのだが、良かったところはともかくダメ出し的な内容が伝え辛く、何がこんなに難しいんだろう? と考えたら、
オーディションの場合、パッとしない人は当然「不合格」となるわけで、その「ダメだった」理由を本人にツラツラと説明することは通常ありえない。(「不合格です」で終わるから。)
それを、結果だけ見て、本人に「ダメだったところ」の具体的な内容をあれこれ説明しなくてはいけないことが、エネルギー使うっていうか大変なのだなと判った。
逆に「合格!」って思える子たちへのプラスのフィードバックはめっちゃやりやすいんだけどね。
日頃レッスンをしててその子のチャームポイントや強みを把握できている上でダメ出しを伝えるのと、人となりを全く知らず、「既に作品として出来上がっているもの」の結果だけを見てマイナス面を伝えるのとではこんなにも気楽さが違うのか、と身に染みた。
結果だけを見ての評価は、フォローのしようがないから伝える方もしんどい。





初日の昨日は正直それがしんどくて、大したやりがいを感じられない上に無駄に疲れるという結果に終わったのだが、今日は少しペースを掴めてきて、2クラスこなしたにもかかわらず昨日より楽しかった。
スタジオ入りしたバンドマン。
何より、ご一緒させて頂いた三人の先生方が素敵で、生徒たちへの愛のある目線や、1年間見てきたゆえの細やかなフォロー、しっかりした指示の出し方に隣で感動してしまった。
わたしがどれほど辛辣でシビアな意見を述べようとも、最終的な生徒のケアやフォローは、メインである担任の先生方がしてくださる、という信頼を持てれば、逆にわたしは奇譚のない本音を伝えることが大切なのであって、つまらない遠慮や躊躇は要らんのだな、と思ったし、信頼できる先生方と組ませてもらえたお陰で、ペースを掴めるに連れてどんどん楽になってきて良かった。
ただ、人(生徒)の人生に少なからずの影響を与える「講師」って、
相当な愛がなきゃ務まらないよな
って改めて思った。
大人ってだけで、
ちょっと長く生きてるだけで、
その世界を彼らより知ってるってだけで、
講師のわたしたちが、生徒たちより素敵で素晴らしくて賢くて優れているわけではない。残念ながら。

そこをしっかり肝に銘じて、伝えるべき事は伝えながらも、
おごらず、
偉そぶらず、
上から目線にならず、
ましてや見下したりバカにすることなく、
一人の人間として尊重しながら、敬意を持って接する
ってことを心がけたいな、と思った。
嘘はバレる時代だからね。
愛がないのも、
嘘ついてるのも、
口だけなのも、
全部全部解るし、バレる。
縁があって人生が交錯してるわけだから、例え一瞬の交わりであったとしても、今わたしが言える全部を、内容にかかわらず、ひとりひとりに愛と共に届けよう、と改めて誓った二日目だった。
毎度毎度思うことだけど、教える側が教えてる側に教わる事が半端なく多い講師業。
だからやめられないんだな、きっと。
そして、知ってる生徒が良い結果を残してくれることがなによりも嬉しくて幸せだった。
明日も楽しみだな

今日のタイトル、早口言葉で言ってみて。