こんにちは。最近、外出中の自分を叶姉妹の三女と思い込んで生きているみかりんごですりんご(目的地に到着するまでの移動中の自分限定で)


このイカれた思い込みにより何のメリットがあるかっつーと、


電車の中でつり革につかまって立っているとき、無意識に体幹トレーニングをするようになった、
座席に座れてもお腹を引き上げ続けている、
慌てたり、焦って走ったりしなくなった、
コンビニで水を買うときに、ただ安いからという理由で手に取ることなく好きな銘柄を選べる、
庶民の皆さんのことを愛で包んで見守る目線を維持、

など、結構ある。

ただ、ひとつずつにツッコミを入れると、
そもそも叶姉妹電車乗らねーし、
たまには焦って走らなきゃいけない場合もあるだろうがよ、って話だし、
叶姉妹コンビニ行かねーし、
庶民を愛の目線で見守るお前もまた庶民だぜって話。


でもいいの。別に誰にも迷惑かけないから口笛



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悪すぎる、イエスとマリア。


こういう思い込みって、案外美人力向上に役立つ気がするよ。

若くて可愛い子はもう、何してたって可愛いからそのままでいいと思うけど、アラフォーの大人は自ら意識して



品性と美意識



を高めていかないと、なかなか若い時の感覚のまま綺麗をキープすることは難しい。

若い子はね、もう、鼻くそほじってようがその辺でうんこしてようが可愛いから。許されるから。大人はちょっとした努力が必要よね。努力っつーか、


意識の持ちよう
自分はどういう存在か、という前提


が大事。


演劇の先輩に昔から綺麗なひとがいて、子どもちゃんがまだ小さいから「髪の毛ボサボサでお尻ふき持ち歩いてるから女でいるのは無理だよー」と言ってたけど、小さなチビちゃんを抱えてたって、ヨーグルトだらけの口で抱きつかれてべとべとになってたって、やっぱりその先輩は今も綺麗で、わたしのなかで「美しいひと」というイメージは全くブレてない。

わかんないけど、基本的な自分の取り扱い方がちゃんと「女」なのだと思う。


ボーヴォワールの言葉で、


女は女に生まれるのではない、女になるのだ


というのがあるんだが、生娘から女になるときと、女から「おばさん」もしくは「熟したイイ女」になる岐路にもまた、この言葉は適用されるよね。


さすがに叶姉妹レベルの美の追求はハードル高いけど、少なくとも、放置してたら緩み続ける肌や体や美意識を、微調整しながらなるべく品良く保てるような自分でいたい。いる。

わたしなんか生まれ持った美意識が沼地のカッパレベルだからチューニング大変だよマジで滝汗



まぁお互い、楽しみながら歳を重ねましょうやニヤリ