松本恵二という男。 | いまたんのブログ「おちょけごころ。」

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日本の中心あたりから痛車乗りがミニ四駆やったり、メタルを聴いたり、あれこれとおちょけ(=悪ふざけ)た感じでやっとります。

多分にボケたがります。多分に草はやします。

画像は自前のときもあれば、そうでないときもあり。ちょいと黙っててどうぞ。

日本人離れした風貌、クルクルパーマ、飄々とした態度。レーシングドライバーとしては非凡な才能を持っていた方でしたよね。
京都出身、後から出てくる関西出身のドライバーの面倒見がよく、 世代を問わず絶大な信頼を得ていました。








モータースポーツファンも世代によっては「キャビンの広告」で覚えてる方も少なくない でしょうね。
















もともと松本恵二選手といえば、ツーリングカーレースでのクワハラスターレット(画像のマシンとは別物)やパブリカなど、トヨタ系のイメージでした。
クワハラ自動車は京都ですから、同郷の松本恵二選手とは通じるものがあったんでしょうね。







GCなどで活躍後「西のクワハラ・東のトムス」と呼ばれた、同じトヨタ系でもライバルのトムスからグループCに参戦。











翌1985年のWECinJAPANでは、世界選手権での国産車の優勝に貢献(運転は予選のみ、決勝は大雨のために短縮され星野一義選手ひとりが運転)しました。
















とはいえ、僕のなかでは「松本恵二=赤いフォーミュラカー」なんですよね。









レーシングメイトとフットワークのスポンサーを得ても、やっぱり赤w
















そんな松本恵二選手は鬼籍に入られて久しいですが、今もサーキットで関西出身のドライバーの走りをみて「ええやん!ええやん!な?」って目を細めてそうですね。