こんにちは。
観測者Kです。
この観測記録を書き続けてきて、
ずっと考えていたことがあります。
なぜ私は、
同じような話を書き続けているのだろう。
孤独。
漂流。
帰属不能。
定着できなかった感覚。
何度も同じ場所へ戻ってくる。
そんな気がしていました。
でも最近、
少し分かった気がします。
それは、
私自身がずっとそこにいたからです。
学校。
職場。
人間関係。
SNS。
どこへ行っても、
少し浮いてしまう。
嫌われるわけじゃない。
排除されるわけでもない。
それなのに、
なぜか定着できない。
その感覚と、
ずっと一緒に生きてきた。
だから書いていたのだと思います。
振り返ると、
私は何度も居場所を探しました。
環境を変えた。
仕事を変えた。
人間関係を変えた。
考え方も変えた。
それでも、
同じ感覚は消えませんでした。
どこか外側にいる。
どこか仮住まいのような感覚。
それがずっと残っていた。
昔は苦しかった。
皆には居場所があるように見えたからです。
皆には帰属先があるように見えたからです。
自分だけが漂流しているように感じていました。
だから焦った。
だから無理に馴染もうとした。
だから自分を変えようとした。
でも、
変わらなかった。
そして今、
少し違う場所に立っています。
定着できなかったことを、
以前ほど否定していません。
もちろん、
孤独はあります。
寂しさもあります。
安心できる場所が欲しくなる日もあります。
でも、
漂流してきた人生にも意味があった。
そう思えるようになりました。
なぜなら、
定着できなかったから見えたものがあるからです。
輪の外側から見えた景色。
観察者だから気づけた違和感。
誰も言葉にしない孤独。
説明できない生きづらさ。
そういうものを見つけることができた。
もしずっと馴染めていたら、
見えなかった景色かもしれません。
私は今でも、
何かの成功者ではありません。
何かを達成した人間でもありません。
ただ、
少し長く漂流してきただけです。
少し長く観察してきただけです。
そしてその中で、
一つだけ分かったことがあります。
どこにも定着できなかったからといって、
人生が失敗というわけではない。
帰属できなかったからといって、
価値がないわけでもない。
ただ、
見ている景色が少し違っただけなのかもしれません。
私はそう思っています。
もしあなたも、
どこにも定着できなかったなら。
ずっと居場所を探しているなら。
何度環境を変えても違和感が残るなら。
その感覚を無理に消さなくてもいいのかもしれません。
その感覚を抱えたままでも、
存在していいのかもしれません。
漂流者には、
漂流者の生き方がある。
観察者には、
観察者の景色がある。
そして、
帰属不能な人間にも、
静かに存在する権利がある。
私はそう思っています。
この30本の観測記録は、
そのために書いてきました。
どこにも定着できなかった人生へ。
それでも、
ここまで生きてきたあなたへ。
今日も、
静かに観測を続けます。
静かな生存インフラ通信
どこにも定着できなかった。
輪の中にいるのに孤独だった。
そんな感覚を抱えながら生きてきた人へ。
静かな生存インフラ通信では、
帰属不能な人が壊れずに存在する方法を、地下通信として記録しています。
無理に変わらなくていい。
無理に馴染まなくていい。
それでも生きていくための観測記録です。
▶︎ 静かな生存インフラ通信