こんにちは。
観測者Kです。
学生の頃、
ずっと思っていました。
社会に出れば変わる。
大人になれば変わる。
今の違和感は、
この環境の問題なのだと。
クラスが合わないだけ。
学校という場所が合わないだけ。
そう考えていました。
だから卒業の日、
少し期待していました。
これで変われるかもしれない。
これで自分の居場所が見つかるかもしれない。
そんな期待です。
でも、
現実は違いました。
職場へ行っても、
同じ感覚が残った。
人間関係が変わっても、
同じ感覚が残った。
環境が変わっても、
同じ感覚が残った。
どこか浮いている。
どこか馴染めない。
どこか仮住まいのような感覚。
私は少し驚きました。
学校だけの問題ではなかったのです。
社会人になれば、
皆もっと自由なのだと思っていました。
好きな人とだけ関われる。
自分らしく生きられる。
そう思っていました。
でも実際は、
別の形の集団がある。
別の形の空気がある。
別の形の同調圧力がある。
もちろん学校とは違います。
でも、
どこか似ている。
そして私はまた、
少し外側にいました。
以前は、
それが悔しかった。
なぜ皆は自然に馴染めるのだろう。
なぜ私は同じことができないのだろう。
そう考えていました。
でも、
ある時から少し考え方が変わりました。
学校が終わっても違和感が消えない。
職場が変わっても違和感が消えない。
それなら、
違和感は敵ではないのかもしれない。
そう思うようになったのです。
なぜなら、
違和感はいつも何かを教えてくれるからです。
無理をしていること。
合わせすぎていること。
本当は納得していないこと。
そのサインとして現れているのかもしれない。
考えてみると、
何も違和感を持たない人は、
何も疑わない人でもあります。
でも、
どこかで引っかかる人は、
ずっと考える。
ずっと観察する。
だから苦しい。
でも、
だから見えるものもある。
私は最近、
あの違和感があったから今がある気もしています。
もしあの頃、
完全に馴染めていたら。
完全に適応していたら。
今のように観察することはなかったかもしれません。
違和感は苦しい。
孤独もある。
でも、
それだけではない。
そこからしか見えない景色もある。
私はそう思っています。
もしあなたも、
学生時代から続く違和感を抱えているなら。
社会に出ても変わらなかったなら。
それは失敗ではないのかもしれません。
環境が変わっても残る感覚だからこそ、
そこには何か大切なものが隠れているのかもしれません。
学校が終わっても、
違和感は終わらなかった。
でも、
だからこそ見える景色もあった。
私は今、
そんなふうに考えています。
静かな生存インフラ通信
どこにも定着できなかった。
輪の中にいるのに孤独だった。
そんな感覚を抱えながら生きてきた人へ。
静かな生存インフラ通信では、
帰属不能な人が壊れずに存在する方法を、地下通信として記録しています。
無理に変わらなくていい。
無理に馴染まなくていい。
それでも生きていくための観測記録です。
▶︎ 静かな生存インフラ通信