はじめに ~ へその緒って ~ | へその緒のはなし

へその緒のはなし

「へその緒」を研究する産婦人科医のブログ。
かつては、みんながお世話になったはずである「へその緒」の神秘的なしくみと、その異常への挑戦を語る。

 へその緒の研究をはじめて8年になります。今は、そのへその緒で留学しています。へその緒の一般的イメージは、タンスの奥に大事にしまわれた小さな桐箱の中に入っている得体の知れない小さな物体であるかもしれませんし、母児のきずなの象徴であるかもしれません。また最近では、夫立会出産も増えており、立会出産のイベントとしての、旦那さんによる「へその緒カット」なども思い浮かばれるかも知れません。

 しかし、それらはへその緒の本当の役目を終えた後の話。へその緒は、妊娠が成立してから分娩に至るまでの10カ月の間が、本当の役目としてフル活動しているのです。活動内容は、自ら動くこともなく、自らが何かを作るわけもなく、海の中の海藻のように羊水の中で母体や胎児の動きに翻弄されながらゆらゆら受動的に揺れているだけ。誰にも邪魔されず気楽に浮遊しているだけならいいのですが。

 おなかのなかの赤ちゃんは、水の中で過ごしています。口の中も、気管も肺も水が浸っています。では、どうやって呼吸をしているのでしょうか。生まれた後の我々は、息を吸い、肺で酸素を血液の中に取り込んでいます。彼らは、水の中でそれができないため、母親がそうして取り込んだ酸素を、子宮や胎盤を経由して得ることで生きていることができるのです。へその緒は、酸素を送る通り道で、赤ちゃんに直接つながる最後のパイプです。酸素のない宇宙で、宇宙飛行士が船外活動をするためにつながれたパイプと似たようなものです。

 胎児はどうやって、栄養をとっているのでしょうか?排泄は?宇宙飛行士のパイプに食事やトイレの機能がついているかは知りませんが、栄養や不要な物の出し入れもへその緒を通し、母体とやりとりすることで可能になるのです。赤ちゃんが、妊娠中に栄養をとって大きくなれるのもへその緒があるからなのです。

 おなかの中で浮いているだけのへその緒。お産のときには、およそ太さ2cm長さ50cmになる細長いパイプです。そんな受動的なへその緒は、なにかトラブルに対して自らが動いて避けることができません。そのため、多くのトラブル回避のために有利なしくみが備わっています。へその緒の中には、母児をつないで酸素や栄養などのやり取りをする重要な血管が流れているから。

 だけど、多くの生来備わった防御機構をもってしても、へその緒は赤ちゃんにとっての唯一の命綱であることから、トラブルのために酸素供給が続けられずに、胎児への悪影響を及ぼすことがあります。へその緒からの酸素供給は、赤ちゃんが産声をあげて自らが肺で呼吸を始めるまでは、一時たりとも休んではなりません。おなかの中でのへその緒のトラブルは一瞬にして致命的結果を招くこともあるのです。残念ながら赤ちゃんの過ごしているおなかの中を直接覗くことはできません。トラブルはどうして、いかにして発生するのか? へその緒の本当のことは分かっていないことも多いのです。

 私は、そんなへその緒に関する多くのことを知ってみたくて研究を続けています。今の留学先では、しばし日本でのめまぐるしく多忙な産科医療を離れ、じっくりへその緒について考えることができます。このブログ「へその緒のはなし」で、へその緒についての私の知見を語ってみたいと思います。日本や世界標準の考え方ではないかもしれません。また、後の研究によって結果や考え方が覆されることも多々あります。我々すべての者が一度はお世話になったへその緒について、気軽に興味をもって読んでもらえれば幸いです。

   2010年2月



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