自分で決めたはずなのに。。。
やめたくなることありませんか?

まるで、
何かに操られていたかのように
感じてしまうこと。

誰かに操られているのかもしれません。

「どこ行きたい?」
「うう~ん、どこでもいい

「じゃあ
アラビア半島にしようよ。」
と言ったら

「えぇ~
英語が通じるところがいい。」

って、あなた
日本語しか話せないじゃないの!!

しかも、
「どこでもいい」って言ったよね。

そんな突っ込みを入れたくなります。

が、
心を穏やかに保って

「誰の意見も聞かずに
自分自身に聞いてみてごらん。」

目をつぶって
「どこに行きたいの?」と
自分に聞いてみて

そうしたら、
満面の笑みをうかべて
うれしそうに

ピーターラビットの国

世界地図のなかで
ここがキラって輝いたの。 

迷ったら
自分の意見を聞いてみる。

そうすると、
ちゃんと答えが返ってくるんだね。


テレビない生活歴15年。

パソコン3台使用中。

テレビに振り回されない生活
静寂な時間が多い。

同居人に
なぜテレビないの?って聞かれて

「テレビは時間の浪費
しかも、思考停止でバカになるからだよ」
って答えたら

「じゃあ、ネットは?」って聞かれた。

ネットだって、
お母さんに怒られるよ。

確かにね。

ネットであれこれ見ていると
時間がいくらあっても足りない。

数時間後にふと
何の情報を探してたんだっけ?

テレビとネット
何がちがうのか?

情報の取り方が
能動的か受動的かのちがいかな?

うーん、でも、
テレビだってチャンネルを選んだり
能動的に見ているよ。

そうか、
チャンネル選択するまでは
能動的だけど

テレビの情報は一方的に流れてきて

このテーマはもうやめて、
次のテーマに早く移行してと
お願いしても、途中で切り替わらない。

テレビの番組にもよるけれど
これは正論です!
と言わんばかりに展開するので
「そうなんだ」と受け取るしかない。

しかし、
ネットの場合は
ホントかな?と疑問に思ったら
すぐに検索して
反対意見や、他の側面からの情報を
調べてみることができる。

同じ時間で情報量が格段にちがう。
それと、

馬鹿げた番組に
釘付けになって後悔する自分を
見なくて済む。

やっぱ、テレビはいらないわ。



「救急車を呼びましょうか?」
そう聞かれて

「いいえ、
私が病院に連れて行きます。」
キッパリ!

しかし、
意識レベルの低下した父は
うんともすんとも動かない。

そうです!
動かなくなったから
困っているのに。

私が彼を運び出すには
彼の強力が必要なのです。

動かなくなった彼を
病院に連れて行くには

どんなにがんばっても
私の力では無理なのに

父のことだから
私、一人で処理しようとしたのです。

周囲の人に迷惑かけてはいけない
と思ったのです。

自分でできる範囲を
超えているにもかかわらず。

子どもの頃から

「自分のことは自分でしなさい」
「他人に迷惑かけてはいけません」
「人に頼るな」

そう教育されてきました。

染み付いています。

でも、
できないことは
人に頼んでもいいはずです。

できないときは
人に頼ってもいいはずです。

自分のことであっても
できなくなってしまうこともあります。

頼ってもいいと思います。
お願いしてもいいと思います。

そのために
救急車があるのです。

救急隊は
その道の専門家。

速くて丁寧。

おかげさまで
病院にて回復の兆しです。

専門家に任せる。

無理は禁物。

無理なことに挑戦するより
自分の役割を果たすこと

その方が
お互いにとって
いい結果になることが多いです。