シリアルアントレプレナー 「3度目の起業」と「初めての子育て」 -128ページ目

サイバーエージェントの藤田さんとの出会い。

藤田さんと初めて会ったのは、彼がサイバーエージェントを創業して間もない1998年の秋だったと思う。

たまたま、僕が当時経営していた会社に、彼らがお客さん宛に送ったはずのFAX(企画書&見積書)が間違って送られてきた。

それを見て、「このままにしておいては困るだろうな・・・」と思い、彼らに電話をしたのがきっかけだった。僕が電話をしたところ、とても恐縮していたが、おもしろそうな会社だと思い、先方のオフィスを訪ねることにした。

当時のサイバーエージェントは、原宿の京セラビルの前にあるビル(明治通り沿い)の8階にあった。1階に、FILAのお店が入っていた。広さは20坪ぐらいだったと思う。

藤田さんが書いた「渋谷ではたらく社長の告白」という本にも書いてある、ベージュ色のソファーが置いてあった。そこに、藤田さんと僕とで斜め横向きの位置に座り、お互いの会社の話しをした。

その時だったか、その後だったかは覚えていないが、サイバーエージェントの躍進の原動力となった「サイバークリック」のシステムを見せてもらい、「この会社は間違いなく伸びるな!!!」と思った。その時の僕にお金があったら、間違いなく投資していたと思う。もちろん、第三者割当をしてもらえればであるが(笑)。そのぐらい印象的な出会いだった。

藤田さんとは微妙な縁があると思う。

サイバーエージェントが急成長をし、明治通り沿いのビルを出て、表参道と青山通りの交差点からすぐの入来ビルに越した直後、あることで相談にのって欲しいと言われて伺ったことがある。インターネットリサーチのビジネスに興味があり、一緒に出来ないか?ということだった。

当時の僕は、インタースコープを立ち上げる前で、後に一緒にインタースコープを立ち上げた山川さんが経営していた会社と僕の会社(それぞれチッポケなマンションベンチャーだった)でインターネットリサーチ事業の立ち上げをしていた頃だったが、藤田さんが要求するスケールには応えられないと思い、残念ではあるが、その相談にはのれなかった。今にして思うと、その時に、どこからか資金調達をし、そのオファーにのっていれば、今頃はまったく違った人生を送っていたかもしれないと思う。

藤田さんとは僕がインタースコープを立ち上げた後も交流が続き、一時期はインターネットリサーチ事業で提携をしていたこともある。また、僕が創業に携わっていたウェブクルー(保険スクエアbang ! という保険の見積もり比較サイトの運営会社)にサイバーエージェントが出資(上場した後)してくれていたこともあり、ビジネスでの交流があった。

もうひとつ、奇妙な縁がある。

先に書いたサイバークリックは、実はバリュークリック・ジャパンという会社が運営していたモデルを参考にしたもので、尚かつ、サイバーエージェントはバリュークリックの「販売代理店」をしていた。要するに、販売代理店をやめて自社でシステムを開発したわけだ。そのシステムを開発したのが、当時、オン・ザ・エッヂを経営していた堀江さんである。

因みに、バリュークリック・ジャパンの創業者であるジョナサン・ヘンドリックセンは、ドリームビジョンの取締役になってくれている。

なんとも不思議な関係である。

その藤田さんに先日、ドリームビジョン(法政大学ビジネススクールと提携)で行っているオープン講座にゲスト講師としていらして頂けないか?というメールを送ったところ、ふたつ返事で快諾してくれた。

10/16(月)19:00~21:10、法政大学ビジネススクールにて開催されるオープン講座にいらして頂けることになった。

ところで、余談であるが、藤田さんに関してもうひとつ印象に残っていることがある。

上場して暫くした頃にマークシティのオフィスを訪ねた時の「表情」である。とても疲れ切った顔をしていた。後になって藤田さんの本を読んで知ったが、村上さん(村上ファンド)やGMOの熊谷さんにプレッシャーをかけられていた頃だった。

いつだったか、その話しをしたら、「あの頃は若かったですからね」と言って笑っていた。

今や日本のネットベンチャーを代表する創業経営者である。

その藤田さんがどんな話しをしてくれるのか? 僕自身、とても楽しみである。

ライブレボリューションの増永さん

僕の好きな「ナナロク世代」の起業家のひとりに、ライブレボリューションの増永さんという方がいる。

彼からは、教わることが多い。

彼のブログで僕のことをご紹介頂いたことがあるが、彼と知り合ったのは、2003年の秋だったと思う。彼の会社で発行しているプレジデントビジョンというメルマガで取材して頂いた頃だ

彼のブログの中でも触れられているが、僕は個人株主として、とても小額ではあるが、ライブレボリューション(というよりも増永さん)を応援させて頂いている。

彼の会社に出資をさせて頂く際には、もちろん、事業計画書を拝見させて頂いたが、僕にとってそれは判断材料にはなっていなかった。

僕自身が起業家の端くれとして、投資家から資金調達をして会社を経営してきたので身を以て経験してきているが、どんなビジネスも事業計画どおりに行くことは、まず、あり得ない。

大切なことは、その起業家なり経営者が、めまぐるしく変わる状況に対して、臨機応変に対応できるかどうかだと思う。そして、どんな困難があっても、やりぬく「強い意志」があるかどうかである。

事実として、ライブレボリューションも、ある新規事業が軌道に乗らず、撤退した経緯がある。

しかし、その決断が功を奏して、まったく別の事業で急成長をしている。

要するに、ビジネスモデルや事業計画に投資するのではなく、起業家自身に投資するのである。

僕はベンチャーキャピタル(VC)事業を行ったことはないので詳しくは知らないが、シリコンバレーのVCは「経営チーム(起業家とその仲間)」に投資をするらしい。つまり、「人」が投資に際する「判断基準」だということである。

投資の世界というと、ROI、PER、DCF、EBITDA等、難しいアルファベットが頻繁に出てくるが、その裏側には、もっと「泥臭い人間模様」があるのだと思う。

そして、僕は、そういう「人と人との出会いと繋がり」を大切にしていきたいと思う。これからも。

初めての誕生日。

今日は僕らの子供(悠生)の初めて誕生日、つまり、満1才になる。

当たり前の話しだが、昨年まではこの世に存在していなかった命であり、僕らにとっては新しい家族である。余談だが、名前(悠生)はどうやらヒットの予感!!!

先程、夜中に起きて来て、おむつを替えたり、少々あやしていたが、自分のDNAを受け継いでいる別の個性(命)であることが、何とも不思議な感じがする。子供がいらっしゃる方にはご理解頂ける感覚ではないだろうか。

最近、色々と考えることがある。

悠生が生まれる前までの僕の人生は、極端に言ってしまえば、自分のキャリアのことしか考えてこなかった。

正確に言うと、28才で起業してから40才ぐらいまでは、ベンチャー企業を立ち上げる&経営するということもあり、他のことを考える精神的な余裕が無かった。

それが、僕が40才になるかならないかの頃、妻が大学に編入したいと言い出したことがきっかけで、初めて彼女の人生を考える、多少カッコよく言えば、僕に何が手伝えるか?を考えるようになった。

でも、それでもまだ我々夫婦だけのことであり、お互いに大人なわけで、自分の人生には自分で責任を持つのが大前提であり、特に、何らかの責任のようなものは感じてはいなかったと思う。

しかし、子供が生まれたことにより、さらに正確に言えば、悠生が笑ったり、はいはいをしたり、つかまり立ち歩きをしたり、言葉にならない言葉を発するようになったりと、だんだん一人の人間としての「人格」が形成されてくるに連れて、彼が大人になるまでに、まだ、20年近くもあり、それまで親としての責任を果たす必要があることを、リアリティを持って実感するようになった。

きっと個人差が大きいのだと思うが、これは、僕にとっては大きな変化である。

子供が生まれたことと関係があるかどうかは分からないが、起業ということや会社を経営するということに関しても、考え方が変わったような気がする。

せっかく軌道に乗ったインタースコープを退任し、その前年には子供が生まれ、今年の春からは新しい会社の立ち上げに奔走し、安定というものとは程遠い生活を送っている。

時々、弱気になったりもするが、強い「意志」を持って生きていこうと思う。

「泥臭さ」が足りない。

僕が社外取締役をしているラソナの顧問をされている中さんという方がいる。若い頃に松下電器で働き、松下幸之助さんの薫陶を受けられた方である。

松下電器を退職された後は、経営コンサルティングをされたり、出版社の社長をされたりして、現在は、事業再生やM&A等のコンサルティングを行う会社を経営される傍ら、たくさんの会社の顧問をされている。

その中さんが本日、ドリームビジョンのオフィスに遊びにきてくれた。

中さんから頂いたアドバイスは、ドリームビジョンの事業ドメインや構想は「キレイ」にまとまり過ぎていて、「泥臭さ」が足りないということだった。

ベンチャー企業というのは創業者のキャラクターが色濃く出るものだが、ご指摘のとおりである。

僕自身のキャラクターとして、そういう面が足りないことは、よく分かっていた。

それは、僕が子供の頃からのことであり、父親が総合病院の事務長をしていたり、母親が教師をしていたこともあり、いわゆる「泥臭さ」とは遠い家庭環境にあったことが影響していると思っている。

この先、未公開のベンチャー企業を中心とした「人材紹介事業」を立ち上げていく予定であるが、それに際しても、中さんに指摘された「泥臭さ」が必要になるような気がする。

しかし、人間は誰しも「向き不向き」や「適性」というものがあるので、無理に自分を変える必要もないし、変えられることと変えられないことがあると思う。

その一方、自分には「泥臭さ」が足りないこと、ともすると「お上品」にまとまってしまう傾向があることを「自覚」しているかいないかでは、大きな違いがあることも事実である。

今日の中さんのアドバイスは、僕個人に留まらず、今後のドリームビジョンにとって、大きなメッセージになった気がしている。

ウノウ

しばらく前になるが、僕のブログにトラックバックを貼ってくれた「ウノウ」という会社を経営している「山田さん」という人がいる。

堀江さんの影響か、ネットベンチャー=拝金主義のように思われたりしているが(実際、そういう人もたくさんいるだろう)、彼が僕のブログ(オプトの鉢嶺氏のことを書いたエントリー)を受けてコメントしていることは、とても素晴らしく、拝金主義とは縁遠い。

そういう人がいるということを知って欲しいと思い、今日のエントリーで書くことにした。

彼が僕のブログにトラックバックしてくれたお陰で、もうひとつ、オモシロい事実を知ることができた。

サイバーエージェントの創業メンバーとしてアルバイトから参加した「石川さん」という人がいる。藤田さんが書いた「渋谷で働く社長の告白」にも登場している方だ。

当時の石川さんは、千葉大学の大学院に通っていたが、藤田さんに誘われてサイバーエージェントに「第1号」社員として入社された。

僕は、ひょんな縁からサイバーエージェントを創業して間もない頃に藤田さんと知り合い、当時のオフィス(明治通り沿いで1FにFILAが入っていた)にお邪魔したことがあり、ひょっとしたら、その時に顔を合わせているかもしれない。

人の縁とは不思議なものだ。これもきっと「必然」。

近いうちに連絡を取り、山田さんと石川さんを訪ねてみようと思う。

何事も「平常心」。

今日はNILS(New Industry Leaders Summit)メンバーでのゴルフコンペだった。

優勝はネットエイジの西川さん。上場直後のコンペで優勝するあたりが西川さんらしい。素晴らしい!!!

僕はどうだったか?というと、結果はボロボロ(泣)。

原因は、良いスコアを出そうと思って「平常心」を忘れてしまったことと、コーチから指摘されたトップの位置のことが気になってスウィングのリズムが狂ったことのふたつ。

救いは、パーが5つ取れたことと、パットがそこそこ入ったこと。

いずれにしても、ナイスショットをしようとか良いスコアを出そうという「欲」が出て、素直なゴルフが出来なかったことが原因である。

せっかく覚えたはずの「致命傷になるミスとリカバリー可能なミス」の違いを、今日は忘れてしまった。

ゴルフは本当にメンタルな部分が結果にダイレクトに結びつくスポーツであり、勉強になる。

次回は余計なことを考えず、自然体でゴルフができるようにしたい。

人の役割と人生のステージ

このタイトルは、インタースコープの顧問にもなって頂いている芳賀先生(女子栄養大)がGREEで書いていた日記?のものである。

余談だが、僕は、Blog のことを「日記風ホームページ」と訳したり、SNSの中で自分の想い等を書くコーナーを日記と言っているのが好きではない。そもそも日記とは、他人に見せるものではないと思うので。表現(言葉の定義)は大切である。

確かに、人間には、その人の「役割」というものがあると思うし、人生には「ステージ」というものがあると思う。

そして、僕の「役割」は何か?ということを考えた。

「自由に生きる=自分らしく生きる」ことの大切さを社会に伝えること。
「自分の夢=成し遂げたいこと」に向かって「挑戦すること・挑戦し続けること」の素晴らしさを伝えること。
そのような生き方をするために必要な「覚悟」や「リスク」を伝えること。
そして、自分自身が「そういう生き方」をしていくこと。

ということだろう。

次に、人生の「ステージ」について考えた。

以前にも書いたことがあるが、僕は30代半ばの頃、特に理由があったわけではないが、その先の自分の人生を考えた時、

37~39才(30代最後の3年間)は、「最初のピーク」になるだろう。
40~42才は、階段で言うところの「踊り場」になるだろう。
43~45才は、次のピークに向かうための「変化の時期」になるだろう。
46~52才は、運気が上がっていくだろう。
53~57才は、人生のピークになるだろう。

何の根拠もなく、そんなふうに考えた。

現在は、43才。

42才(昨年の9月)で子供ができ、43才になると同時にインタースコープを退任し、今の僕の人生は、確かに「変化の時期(ステージ)」にあると思う。

2000年前後に創業したネットベンチャー仲間の主要な人達は、その殆どが上場を果たし、僕とは違う「ステージ」で生きている。

知らない人達であれば何の感情も覚えないかもしれないが、よく知っている人達であり、ステージの違いを考えさせられる。

しかし、そのことに何の意味もない。

自分のステージをしっかりと生きたいと思う。「強い心」を持って。

MIXI いよいよ本日上場!!!

はたして初値はいくらか?

先日のゴルフの車中で、アライドアーキテクツの中村さんと「MIXI」の話しをした。

MXIの上場承認が降りた数日後、日経新聞の一面に、楽天のトラフィックをMIXIが抜いたという記事がグラフでの解説付きで掲載されていた。かなりのI.R.効果があったと思う。

しかし、楽天のトラフィックとMIXIのトラフィックは「等価」なのか?

中村さんがそこを指摘していた。鋭い視点だと思う。

楽天を訪問する人々は「買い物」を目的としていることに対して、MIXIユーザーの目的は、友人との会話や日記を書くこと、ニュースを読むことであり、ページビューには貢献するが、直接的に「お金を落とす」行為はしていない。

MIXIの笠原さんは今後、MIXIというプラットフォーム上で「EC」をやっていくと思われるが、MIXIユーザーの年齢層や可処分所得、カルチャー等を考えた時、はたして、どのような結果が出るか? そこは未知数である。

公募価格で計算した時価総額は「1,000億円」を超えており、PERは「100倍」を超えている。

これは、かなりの成長を織り込んだ数字である。つまり、「期待値」としての「株価」がついているということだ。

その期待に応えられるか? これからのMIXIに注目したい。そして、GREEにも。

9.11

「同時多発テロ」から丸5年が過ぎた昨日、各メディアでの報道が印象に残った。

僕は20代の頃、New York が大好きで、延べ20回近く訪れたことがある。もちろん、ワールドトレードセンターも何度か上ったことがある。因みに、僕が最後にNew Yorkに行ったのは、2001年の4月だった。

実は、僕の友人のある女性は、同時多発テロが起きたまさしくその瞬間、別の飛行機でマンハッタンの上空を飛んでいた。

彼女を乗せた成田行きの飛行機は、シカゴに緊急着陸をし、彼女はそこで約1週間に渡り、足止めを食らったそうである。入出国を厳重に管理されたからだ。

生死の分かれ目とは、こういうことを言うのだろう。

何事もなく日常を生きていることに感謝しなければと、改めて思った。

犠牲者の方々のご冥福を祈ります。

致命的なミスとリカバリー可能なミス。

昨日は久しぶりにゴルフに行った。

メンバーは、アライドアーキテクツの中村さん、オプトの福岡さん、インタースペースの河端さんと僕。コースは、太平洋クラブ成田。トリッキーで、僕の好きなコースだ。

結果は「47+51=98」と極々平凡なスコアだったが、今回のゴルフからは学ぶものが多かった。

実はゴルフ前日の土曜日に久しぶりにレッスンに行ったのだが、インストラクターの方と話しをしていて、あることに気がついた。

当たり前のことだが、ゴルフにも「致命的なミス」と「リカバリー可能なミス」があるということだ。

ショットには、上下(球が上がり過ぎ/低すぎ)のミスと左右のミスがあるが、上下のミスは球が前に飛んでいる限り、あまり大きなケガはしないで済む。しかし、左右のミスは「OBやペナルティ」など、致命的なミスになりやすい。

距離を求めず、方向性を求めていけば、左右のミスは少なくなる。

その結果、体力的にへばってしまった最後の2ホールを除き、昨日は致命的なミスショットは殆ど無かった。ひとつだけだが、バディーも取れた。

にも関らず、平凡なスコアだったのは何故か? そう、パターのせいである。

パターに関しては、どこが悪いかは分かっていたが、プレー中に矯正することは困難であり、昨日は諦めていた。

もうひとつ、インストラクターとの会話で学んだことがある。

プロでも「改心のショット」は、ラウンド中に1回あるかないかだという。

プロが拘るのは「スコア(数字)」であり、ナイスショットの「感触」ではない。アマチュアの場合、とかくナイスショットの「感触」が忘れられず、すべてのショットにそれを求めたがる傾向があるが、それではスコアはまとまらない。

ゴルフは、人生や経営に酷似していると思う。

実は今週の土曜日は、NILS(New Industry Leaders Summit)メンバーでのコンペがある。

幸いにもコースは僕がよく知っているカレドニアンなので、昨日の教訓を活かして、より良いゴルフをしたい。