常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである。
Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen.
アインシュタインのこの言葉を私は、敬愛する安田佳生さんの著書「1000円札は拾うな」の冒頭言で初めて知りました。
……なんだかショックな言葉でした。
最近、同じ言葉で感銘を受けている人をみて、あらためてこのフレーズの意味を考えています。
私にとって常識とは、何はなくとも守らなければいけない基準でした。
「常識を弁えなさい」「常識的に振舞いなさい」
そういう意味のことを私は、繰り返し繰り返し言われて育ってきました。常識的な行動を取ることは、私にとっては義務のようなものだったのです。
ところが、世間には「不常識を非真面目にやれ」と説く経営者がおり、「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクション」と喝破する科学者がいました。
そういうアプローチを知ったとき、私にとって常識は「守り通すべきもの」から「飛び越えるもの」に変わったのです。
とはいっても、それにもちょっとした矛盾がある気はします。
結局は、常識が常識としてまかり通っているからこそ、破る人や超えようとする人の価値が出てくる。
ということは、常識が常識として通用しなくなったら、それを守らない人の価値もまた、なくなってしまう。
それなら、私は常識とどう向き合っていくのが一番なのだろうか。
最近、そんなことを考えています。