常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションである。

Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen.


アインシュタインのこの言葉を私は、敬愛する安田佳生さんの著書「1000円札は拾うな」の冒頭言で初めて知りました。

……なんだかショックな言葉でした。


 最近、同じ言葉で感銘を受けている人をみて、あらためてこのフレーズの意味を考えています。


 私にとって常識とは、何はなくとも守らなければいけない基準でした。


「常識を弁えなさい」「常識的に振舞いなさい」

 そういう意味のことを私は、繰り返し繰り返し言われて育ってきました。常識的な行動を取ることは、私にとっては義務のようなものだったのです。


 ところが、世間には「不常識を非真面目にやれ」と説く経営者がおり、「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクション」と喝破する科学者がいました。

 そういうアプローチを知ったとき、私にとって常識は「守り通すべきもの」から「飛び越えるもの」に変わったのです。

 とはいっても、それにもちょっとした矛盾がある気はします。

 結局は、常識が常識としてまかり通っているからこそ、破る人や超えようとする人の価値が出てくる。

 ということは、常識が常識として通用しなくなったら、それを守らない人の価値もまた、なくなってしまう。

 それなら、私は常識とどう向き合っていくのが一番なのだろうか。

 最近、そんなことを考えています。

国際女性ビジネス会議(http://www.women.co.jp/conf/index-j.html )の入場証が、今日届きました。

12回目を迎えるこの会議はもともと、イー・ウーマン(http://www.ewoman.co.jp/)の佐々木かをりさんが始めたもの。

今や、日経新聞やイー・ウーマンなどの主催で1000人弱を集めるという大規模なパーティーです。

今年のテーマは「ヴィジョン・クエストVision Quest ~明日をつくるための今日 What We Need To Do Today To Build Our Tomorrow~」。

4つの基調講演と、2つの分科会(ワークショップ)にコースランチ、ビュッフェのパーティー付きという、盛りだくさんの1日になる予定です☆

この会議ことを知ったのは、今から2年前。知り合いが「参加するので一緒に行きませんか?」と誘ってくれたのがきっかけでした。

でも、そのころは仕事もプライベートもうまくいかず、激しく落ち込み悩んでいた時期……。

「私なんかが行っても、気後れするだけ……お金の無駄遣いになりそう」

そんな後ろ向きな気持ちが先立ち、結構な参加費を支払って出かける踏ん切りがつきませんでした。

それから2年経って、今年。やっと行く決心がつきました!

会場はパシフィック・メリディアンだし、ちょっぴり気後れするかもしれないけれど。

……でも、行ってみたいんだもん!

気後れするほど素敵な女性たちに混ざっていれば、最初こそ多少居心地が悪くても、自分の魅力も自然とアップするような気がします。

朱に交われば、きっと赤くなる。

そういうわけで、投資分を回収できるように、来月しっかり参加してきます!

今から楽しみです。

先月受けたアロマテラピー検定に、合格しました!

これで、日本アロマ環境協会(http://www.aromakankyo.or.jp/index.php )に入会して……ちょっとした申請をすれば、「アロマテラピーアドバイザー」の資格が取れます♪

この資格は、アロマの基礎知識をきちんともっている、という証明になるもの。

さ、ら、に。上級の「インストラクター」「セラピスト」の資格を取るための布石にもなるのです♪


ここから、マッサージなどを本格的に学ぶのもよし。

さらに勉強をして、上位資格を取るのもよし。

ひとまず、一歩が踏み出せて嬉しい限りです♪


試験の手ごたえはあったので、多分だいじょうぶかな~? とは思っていたのですが、これでひと安心。

気分を高揚させる効果がある、ベルガモット・オイル(柑橘系)など焚いて、お祝いしたいと思います☆

先週は、岩手でおもち料理と薬膳料理の取材をしてきました♪


どちらもとっても美味でしたが、とくにおもしろかったのは薬膳料理。しっかりとした理論づけがあって、奥が深~いのです。


薬膳とは、もともと中国の食の理論。あこがれ(?)の「不老不死」のため、医学や漢方のエッセンスをミックスして古代から研究されてきたものです。


薬膳の大きな柱はふたつ。食べるもので病気を予防する「食養」と、治すための「食療」です。食事イコール健康づくりの源、という考え方ですね。


それから、「薬食同源」というのも薬膳のキーワードのひとつ。食べるものにはひとつひとつ効能があり、「食べ物は薬でもある」という発想で組み合わせ、お料理にするのが薬膳なのです。


この理論をもとにして、日本の土地ごとの名産に合わせて編み出された「ふるさと薬膳」というものがあります。今回はその取材をしてきました。


 お豆腐やお野菜を中心にしたお料理は、見た目からしてとてもヘルシー。でも、健康的なだけではなくて、「ふるさと」らしい食材が使われています。ちょっと驚いたのは、アカツメクサのてんぷらが出てきたこと。ほかに、ハコベやブドウの葉もてんぷらになっていました。(もちろん、お肉やお魚も出るのですが)

 おそるおそる食べたら、意外にやわらかくて美味しかった……


 四季折々、旬の食材を使って体をいたわる薬膳料理。どの季節にどんな食材が良いか、どんな素材にどういう効果があるのかなど、いろいろとお話を聞くことができました。

ちなみに、初夏から夏にかけては心臓に負担がかかりやすい時季。トマトやきゅうり、茄子といった夏野菜を取りつつ、苦味を利かせた味付けにするのがポイントだそう。記事に書きながら、実践するのも楽しみです☆

 意志は理性だと、ずっと思っていた。そして、理性は感情よりも大切で価値あるものだとも。

 そんなとき、とある人に「意志は感情からしか出てこない」と断言されて、ちょっとした違和感と驚きを覚えた。

 けれど、よくよく考えてみたら確かにそうだ。やってみたい、とか行ってみたい、聴いてみたいという思いは、理性的な論理などではまったくない。むしろそれとは逆で、内から湧き上がってくるもの、そのときの気分、情動そのものなのだ。


 小さなころ、私はよく周囲の大人たちから「感情的だ」と言われた。それは、褒め言葉というよりはむしろ批判であり、非難だった。

 だから、私は極力感情を排除しよう、そして外に出さないようにしようと努めてきた。それはひとことで言えば、常に自分を殺していく訓練のようなものだった。

 そうしていくうちに、私はすっかり自分の感情自体が分からなくなってしまった。常に感じているはずのものを押し殺し続ける作業は、それほどにつらかったのだと思う。出してはいけないものなら、感じないでいるほうがよほど楽だったのだ。そのためには、ただひたすら、自分に対して鈍感になっていればよかった。

 感情の表し方は、もっと分からなくなった。とくに怒りや悲しみの負の感情を、巧く外に出せなくなってしまった。

 今までは、それでも何とかなってきた。けれど、今そのやりかたが限界を迎えている。たぶんこのままいくと、私は本当にどこかで立ち行かなくなってしまうような気がする。

 このあいだも、こう言われたばかりだ。「あなたは、自分がどう在りたい、とかどうしたいというものが見えてこない」

 それは言葉に尽くせないほどのショックだった。

 私は何とか、内にあるものをもう少し上手に外に出していけるようになりたい。

 感情と意志をしっかりとこの手に取り戻すために。