昨日は、三派合同に関連する第一報をお届けした。
今日はその続報から。
それでは早速、1909年(明治42年)9月6日付『憲機第1718号』より。


(9月3日憲機第1713号参照)

本月1日、清華亭に於て前記各会領袖の秘密集会に就ては、以前より各派幹部の一部には、連合を為すを必要とするの意見を有したる処、日本に留学中なる崔錫复(復-彳)なる者、昨秋帰朝、近頃各派の間に斡旋せし為め、遂に斯の如き会合をなしたるるが如きも、其内幕に関し、崔錫复(復-彳)は平安道出生の者なるより、予て西北学会の李甲、鄭雲復と親交あり。
李、鄭の両名、崔を操縦し、集会を斡旋せしめたるやの説あり、信に近きが如し。

李容九、尹孝定が此連合の目的に付、表面他人に発表する処に依れば、現今韓国の状態衰頽に頻せるに関らず、各党互に相敵視し所謂兄弟墻に鬩くは、韓国国家の為甚だ不利益なるに瘁付き、須らく各派連合し、協同一致以て国事に尽せんと云ふにあれども、或は他に目的の存在するやも知れず。
去1日集合後の景況は、今後尚ほ進んで、不日在京各派連合大懇親会を開催し、又連合倶楽部をも設立せんとの議ありと聞く。



10月10日のエントリーで記したように、やはりキーパーソンは鄭雲復のようである。
元々大韓協会と西北学会は、両会を兼ねている人材も多数居り、そういった意味に於ては連合という意味合いは薄いわけだが、そこに一進会も加わったわけである。

以前は水と油のようだった大韓協会と一進会。
当然、内部に於て不満も出てくる。
上記史料と同日、1909年(明治42年)9月6日付『憲機第1720号』より。


一.9月5日午後4時頃、大韓協会の委員李宇榮、呂炳鉉等20余名は大韓協会に集合し、今回尹孝定、呉世昌、沈宜性の3名が、一般会員に対し無言の裡に一進会と連合を議したるは、如何なる所以なるや。
常に一進会を目して売国党と唱へ、或は侮辱し居るに係らず、何故に突然自己任意に連合を策せんとするやと憤慨し居れり。
為に、不日特総会を開催するに至るならんと。



ま、これまでの経緯等からすれば、当然の不満ではある。
しかし、この史料を見ても分かるとおり、三派合同が綿密な計画を経たものではなく、ある意味突然決定されたものだったのだろう。
さて、このような意見に基づいて、翌日には臨時会議が行われる。
1909年(明治42年)9月7日付『憲機第1728号』。


(9月6日憲機第1720号参照)

大韓協会、一進会、西北学会の連合集会に付き大韓協会内に異動者を生じ、種々議論の末、本月6日臨時会を開く事に決し、同日午後8時より同協会事務所に於て開会したる状況、左の如し。

一.来会者は、会長金嘉鎭、副会長呉世昌、総務尹孝定、評議員鄭雲復等以下32名なり。
二.張志淵、張孝根等は、氷炭相容れざる一進会と相提携するは、甚だ不可なるのみならず、少数幹部の専断を以て斯かる会合をなせるは、其意を得ずと云ふが如き意味の主張をなしたれども、結局金嘉鎭、尹孝定等の説明に依り、全員皆首肯する処となり、将来に関し左の数ヶ條を約し、同夜12時頃散会したり。

一.将来一進会と協議を重ねんとするときは、評議員一同に其理由を明示し、且其協議せし事項を一般会員に周知せしむる事。
二.仮令一進会と提携、親睦するも、本会の趣旨目的等を変更せざる事。

以上。



条件付きではあるが、取りあえずは全員が首肯した、と。
張志淵あたりは脱会してもおかしくないと思ったのだが、この時点では様子見なのか、騒動にならないよう一歩引いたのであろう。
後日、評議員は辞めることとなるのだが。

そんな中で、昨日取り上げた談話の中身が表出し始める。
1909年(明治42年)9月13日付『憲機第1757号』より。


総理大臣李完用は、「コールブラン」韓美電気会社の日韓瓦斯会社に事業譲渡と同時に、韓国皇室へ納入すべき金員の大部分を皇室に納めず、窃かに之れを運動費として三政連党連合の妨害をなしつつありとの風評(各新聞にも掲載せり)あるに付、内査を遂げたる処、左の如き事情なりと。

一.李完用が、「コールブラン」会社より皇室に納入すべき金員を受取り、費消したりと云ふは、事実全く無根なり。

二.大韓協会、一進会、西北学会の連合に付き、一進、西北の二会は異論者少く、且つ部内幹部の外有力者少き為め、幹部の意見概ね行はれ居るも、大韓協会は稍や状況を異にし、且つ此の次の連合に付ても、会員中反対者意外に多く、一時に大に紛擾を惹起せんとしたり。

三.大韓協会の趨勢斯の如くなるを以て、同会幹部に於ては大に之れが鎭撫に窮し、遂に一の苦肉策を案出し、前述の如き李完用が干策を運らし、大韓協会の有力者を買収しつつある如く、言に触らし新聞等にも掲載するに至れり。
之に依りて、連合に反対するものとして若し強て反対を主張するときは、李完用より買収され居るやの疑念を他の会員に惹起せしむる如くなりたるを以て、反対意見者も遂に会議の節、意見を曲げ、幹部の連合意見通り可決するに至りたる次第なりと。

四.右の如く、李完用の「コールブラン」対韓国皇室関係の金員を費消したる如き風説は、全く大韓協会員が為めにする所ありて、捏造流布したるに外ならずと聞く。

以上



_| ̄|○


え、えーと、「コールブラン」韓美電気会社の日韓瓦斯会社に事業譲渡とは、勿論条約書類発見と玉璽偽造事件で取り上げた、京城の電気会社を廻る騒動の話である。
元より非常に怪しい話であったわけだが、それを利用する形で李完用の使い込みの噂が流布され、その金は買収資金である、と。
自然、合同反対者は李完用に買収されたに違い無いと思われるため、合同に賛同し、結果可決した、と。
誰が思いつくんだろう、こんな悪知恵。(笑)


ここで、この記事。

「親日派・李完用が偉大な書道家?」

国際交流財団が、同財団のオフィシャルサイトに、日本植民支配時代(1910~45)に学部大臣を務めていて、乙巳五賊(乙巳条約に賛成した5人のこと)の一人である李完用(イ・ワンヨン)を「韓国の偉大なる書道家」と紹介したことが、11日明らかになり、物議をかもしている。

国会・統一外交通商委員会がこの日行った外交通商部(外交部)への国政監査で、野党ハンナラ党・朴啓東(パク・ケドン)議員は「国際交流財団のオフィシャルサイト『Arts of Korea』に李完用の書道作品が掲載されてある」と指摘した。 同サイトは李完用の書道作品を紹介し「親日行為とは異なって、同氏は書道に優れていて、書道家として活動し、朝鮮(チョソン)総督府が開催した朝鮮美術展覧会の審査委員を務めたりもした」と紹介した。

同サイト・英語版は「当代の偉大なる書道家」と褒め称えている。朴議員は続いて「同財団が170万ドル(約2億円)を支援した米サンフランシスコ・東洋博物館の韓国室にも、李完用の作品が展示されてある」とし、外交部・潘基文(パン・キムン)長官に早急な是正を求めた。同財団は、朴議員が指摘した後、関連内容を削除した。



いやはや、李完用も大変ですなぁ。
生前は、組織引き締めの為に使い込みの噂を流布され、死後は書いた文字にまでいちゃもん。
いや、勝手にやっててくれれば、見てる方は面白いから良いんですが。(笑)
ま、関わり合いにはなりたくないですわな。


今日はこれまで。


三派合同(一)
三派合同(二)