白根です。
先々日、先日と、
コミュニケーションに問題を抱えていた
ぼくのエピソードをお話ししました。
今回もその続きです。
ぼくは人とのコミュニケーションが
すごく苦手でした。
そして、自分では
人とどうやって“つながる”のか
全然わからなかったんですね。
悩みに悩み抜いていた25歳だったぼくは、
1冊の本『人を動かす』
(デールカーネギー著)

に出会います。
『人を動かす』に
心を揺さぶられたぼくは、
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人を変えようと思ったときには、
自分を変えよう
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と思うようになります。
そして、
『人を動かす』を
2、3回繰り返し読んだ後、
ぼくはひとつの決意したんですね。
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自分の考えを手放して、
相手の話を聴くこと
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これが、ぼくの決意でした。
少なくとも、“意識”はしてみよう。
そう強く想ったんですね。
ぼくは、
コミュニケーションにおいて、
他の人からの言葉を極端に恐れていました。
「お兄ちゃんなんだから、がまんしなさい!」
「いいから、勉強しなさい!」
「白根なんて、全然だめじゃん!」
「あなたといっしょにいても、独りでいる感じがする」
「きみには無理だよ」
そういった言葉の力によって、
他人の言葉を受け取るときに、
無意識にシールド(盾)を
構えるようになったんですね。
自分が傷つかないようにするシールドを。
でも、そのシールドをもつようになって、
失ったものもありました。
それは、
“人との心のつながり”
だったんですね。
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自分の考えを手放して、
相手の話を聴くこと
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これを
とにかくやってみよう。
そう思ったのは、
シールドをもつことに
疲れ果てていたからです。
自分ではどうしようもないから、
“何か”にすがりたかった。
『人を動かす』という
一冊の本にすがりながら、
ぼくは小さな一歩を踏み出しました。
まずは、弟と、
そして、
家族との関係性を変えるために、、、
“自分が次に言うことを考えない”
というのは、
すごく勇気がいることでした。
そして、シンプルではあるけど、
簡単なことではなかったんですね。
25歳だった当時、
ぼくはまだ実家から
職場に通っている時期でした。
あるとき、家で
こんなことがありました。
母が家族の洗濯物を
たたんでいました。
母も働いていたので、
家事と仕事の両立で
疲れていたのだと思います。
ぼくの顔を見ると、すぐさま
「自分の洗濯物くらい、
自分でたたむか、
持っていきなさいよ!」
とイライラしながら、
言い放ちました。
本を読む前のぼくなら、
「わかってるよ!」
と、母のイライラに
すぐイライラで
反応していたと思います。
でも、このときのぼくは違いました。
まずは、
母のイライラに反応しない。
母のイライラを“変えようとしない”
自分の行動で
“変えられる部分”を
変えてみよう。
それだけをちゃんとしよう。
ぼくはなるべく穏やかな口調で、
「うん、わかった。
すぐもってく。ありがと。」
とだけ言い、
すぐに自分の部屋に
洗濯物を持って行きました。
持って行った後、
自分の部屋にいれば、
それ以上話さなくていいのも
やりやすかったんですね^ ^
母は、
(うん?なんかいつもと違うぞ)
という顔をしながら、
ぼくの行動を見ていました。
母の言葉を
いつもより落ち着いて聴いてみて、
ぼくは気づきました。
母のイライラは、
洗濯物がリビングに
たまっていくことから
はじまっているんだ。
自分が次に何を言い返そうか
身構えていたときには
全然気づきませんでした。
そして、その後もぼくは
洗濯物が少しでもたたんであったときは、
すぐに自分の部屋に持っていくか、
母がたたむよりも前に、
自分で洗濯物をたたむことを
していったんですね。
その結果、
リビングにいるときには、
母のイライラがはじまる
“きっかけ”が消え失せて、
会話の雰囲気が変わりはじめたんです。
イライラしやすいのは、
性格ではなく、
自分に起こったことに対する
“反応”だったんですね。
そして、
自分の“行動”や“声かけ”を
変えていくと
相手の“反応”が変わる、、、
ぼくと母のこのやりとりは、
周りから見たら、
“小さな変化”だったのかもしれません。
ですが、
この“小さな変化”が
ぼくの人生を変えていく“きっかけ”
となっていきます。
次回(明日)が最終回です^ ^