*~夢詩~*Hawaian dream* -2ページ目

*~夢詩~*Hawaian dream*

父についてハワイに渡ったお嬢様、カナコ。お嬢様の気紛れでその下僕となった男、ステファン。二人の間にあるのは主従関係か、それとも…。

パーティーはとてもリラックスしたムードで始まった。
パーティーとは言ってもマヤコの家でちょっとした食べ物とお酒と共に会話を楽しむホームパーティーだから、元からそんなに畏まったものではないけれど。
マヤコに私、そしてマヤコの同居人。
その中に何の違和感もなく溶け込んだステファンは、現在私の横でプレートにローストビーフを取り分けている。
「どうぞ、お嬢様」
私はその一切れをフォークに乗せて、ステファンの口元に差し出した。
「お嬢様!?」
「食べてごらんなさい」

マヤコのホームパーティーでは必ず出て来るこのローストビーフは、ヴィゴの手作りだ。
そのこだわりは私のシェフにも勝るもので最高級のビーフを取り寄せて作るから、どこのレストランのものよりもおいしいのだ。
ステファンは私のフォークからローストビーフを味わうと幸せそうに笑った。
「貴方もこれが作れるようになってちょうだい」

私がそう言うとその笑顔が一瞬引きつり、ステファンはちらりとヴィゴを見る。
「今度レシピを教えてやる」
救いを求めるその視線を受けてヴィゴは苦笑しながら言った。
それに笑顔で御礼を言うステファンを見て、マヤコが笑った。
「カナコはグアバとローストビーフがあれば機嫌が良くなるから。それとアイランドプリンセスのキャラメルポップコーン」
確かにそれは全部私の好きなものだ。
そして好きだけれど日本ではなかなか口に出来ないもの。
「覚えておきます」
ステファンは心得たとばかりに頷いた。
そしてマヤコの空のグラスを見て言った。
「次のお飲み物は何にいたしましょうか」
「そうね、ステフに任せるわ。何か素敵なカクテルをお願い」
「かしこまりました」
そう優雅な仕草で一礼すると、ステファンは私の横に膝をついた。
そして私と視線が合うと微笑んだ。
「お嬢様にはグアバを使ったカクテルでもお作りいたしましょうか」
「いただくわ」
すぐに答えた私にステファンはますますその笑みを濃くして、私の空のグラスを手にカウンターの向こうに回った。
私はその後ろで揺れるブロンドを、不思議な気持ちで見つめていた。

「あらカナコ。来てたの」

気だるそうに髪をかきあげながら、マヤコは大きな欠伸をした。

「来てたの、じゃないわよ」

私がため息をつくと、マヤコは言った。

「ごめんごめん。お詫びにこれあげるからさ」

私はマヤコが差し出したハードカバーを受け取った。

見慣れない表紙に首をかしげ、ぱらりと一枚捲ってみる。

そこにマヤコの似顔絵つきのサイン、というよりもはや落書きにしか見えないものを見て、私は思わず吹き出してしまった。

「それ来週発売なのよ。サイン入れといたから」

してやったりという顔でマヤコが笑った。

「発売前には読み終えてやるわ」

そう言って私もマヤコに笑いかけた。

しばらくの間視線を交差させて同じタイミングでふふっと笑い出す。

「元気そうね。半年ぶりくらい?」

「なんだか全然そんな感じしないけど。マヤコったら相変わらずだし」

私とマヤコの間に流れる空気は半年前と全く変わらない。

相変わらず、ここはとても居心地がいい。

「で、彼がステファン?」

マヤコがその目をまるで子供のように輝かせて私に聞いた。

私が頷くと、マヤコはソファーの横に立つステファンににじり寄った。

「へぇ!やるじゃないカナコ。いい男ね」

「なっ・・・」

「ありがとうございます」

驚く私を差し置いて、ステファンが笑顔でマヤコに一礼した。

「お会いできて光栄です、レディー」

「あらいやだステファンたら。私のことはマヤコでいいわ。カナコは私の妹みたいなものだし、ステファンも私のことは姉だと思って」

「ちょっと、何言ってるのよマヤコ」

「あら、だってホントにカナコは妹みたいなものでしょ?」

「だからってどうしてステフが貴女の弟になるのよ」

「もう、照れなくてもいいのよカナコ」

満面の笑みで私の肩をたたくと、マヤコは再びステファンと視線を合わせた。

「カナコをよろしくね。この子わがままだけど、根はとっても優しいいい子なのよ」

母親のようにそういうマヤコに私はため息をついた。

こういうところが世話好きなマヤコらしいけれど、そうされて嫌な気がしないのは彼女がマヤコだからなのだろう。

マヤコの問いにステファンはどのように答えるのだろうか。

ふと興味が湧いて、私は黙って彼を見つめた。

するとステファンは一瞬私を見つめて、それから嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、承知しております。それでもお嬢様のお傍にいられるだけで幸せですから」

「…っ…」

思わず視線をそらしてしまった。

今のはふいうちだ。

そういえば彼の本当の気持ちなんて今まで一度も聞いたことがなかった。

あの日のことを武器に無理やり言うことを聞かせてきたから、てっきり仕方なく傍にいるのだと思っていたのに。

いきなりそんなことを、しかも笑顔で言われるなんて思ってもいなかったのだから。

私は顔が熱くなるのを実感した。

こんなことは初めてだから、自分でもどうしてなのかわからなかった。

そんな私とステファンを感心したように眺めて、マヤコは言った。

「本当に・・・よかったわね、カナコ」

その声は慈愛に満ちあふれていて、マヤコの姿が幼い記憶の中のママと重なった。

「カナコ!」


リビングに入るなり大きな影が私に襲いかかってきた。


私が驚く間もなくステファンが私とその無礼者の間に割って入って、その背に私を庇うように影と対峙している。


「おい!なんだよそれ!何も隠れなくたっていいだろ!!」


「お嬢様はそのように気安く触れて良い方ではありません」


「くーーっ!!」


ステファンが真面目に言うのを見て目を丸くして、それからジョニーは手を叩いて盛大に笑った。


「おっまえほんと、噂に聞いてたとおりだな!」


「噂?」


いったいどんな噂だというの。


私の怪訝な表情に恐れをなしたのか、ジョニーは慌てて言った。


「いや、マヤコがさ、なんかカナコが男囲ってるって言うから・・・」


「は?」


「ここまで忠実な僕だとは思わなかったけどさ」


にやりと含みのある笑みを浮かべてジョニーは肩をすくめた。


噂というのが釈然としなくて憮然としている私の横から、ふいにグラスが差し出された。


中に入っているのが大好きなグアバジュースだと知ってグラスを受け取ると、私はソファーに腰掛けた。


「来て早々騒がしくてすまないな」


テーブルにお菓子を並べながら、先ほどグラスを差し出してくれた男、ヴィゴが申し訳なさそうに言った。


そのお菓子がまた私の好みを熟知した彼らしい選択で、私はかぶりを振った。


「ジョニーの無作法には慣れてるわ」


「俺のどこが無作法なんだよ」


「自覚がないなんて、救いようがないわね」


「諦めろ」


さらりと言った私にヴィゴが苦笑した。

ジョニーはなおも何か言いたそうな顔をしていたけれど、私がグアバジュースに口を付けると何事もなかったかのように口笛を吹き出した。


「よく来たな」


「お会いできて光栄です、ミスター」


「俺のことはヴィゴと呼んでくれ、ステファン」


「・・・それでは、お言葉に甘えて」


私の横で交わされるヴィゴとステファンのさわやかな挨拶に、私はくすりと笑った。


私からすればよく知っている二人がよそよそしい挨拶をしているのがなんだかおかしかったから。


「小さいのはフレッドで、さっきの無礼者はジョニーだ」


「おい!そんな紹介の仕方はないだろ!!」


そんなやりとりにもステファンは笑顔で頷いた。


「マヤコは?」


私がぽつりと言った言葉に過敏に反応したヴィゴは一瞬動きを止め、それから肩をすくめた。


「カナコを迎える準備に忙しくて起こすのを忘れていた」


「俺起こしてくる!」


私のため息を聞いてジョニーは大急ぎでマヤコの寝室に走って行った。


「それも準備のうちじゃない」


私の不満のこもった視線を受けたヴィゴは、苦笑しながら空になった私のグラスに再びグアバジュースを注いでくれたのだった。


マヤコの家は相変わらずさっぱりしている。
フレッドにエスコートされてリビングに向かいながらそう思った。
マヤコと3人の同居人が一緒に住んでいるのにちっともごちゃごちゃしていない。
それもひとえに同居人の一人、ヴィゴのおかげなのだろう。
唯一ちらりとのぞくマヤコの書斎があんなにも散らかっているのは、マヤコが自分の空間を乱されるのを嫌うから。
それを心得たヴィゴがせめて他の場所はと苦笑いしていたのを何度も目にしている私は、久しぶりなのに何も変わらないこの空間に自然と笑みを浮かべた。

後ろを歩くステファンはそんな私を目を細めて見ている。

「今日はずいぶんご機嫌ですね、お嬢様」

「ええ。ここは落ち着くから。あのマンションの内装はここに似せて作らせたのよ」

「ああ、道理で似ているはずだ。私もこの雰囲気はとても好きです」

「でしょう?」

「ええ。さすがお嬢様ですね。私が片づけなくても常にこのように綺麗な状態だとなお良いのですが」

自慢ではないが、私は整理整頓をするのが苦手だ。

というのも昔から誰かがやってくれていたから、どうすればいいのかわからないのだ。

マンションにメイドは入れていないから必然的にステファンがやってくれるのだけれど、たまにこうしてお小言のようにステファンは私を窘めることがある。

今回もまた、にこりと満面の笑みで言われて、私は無言でステファンを睨みつけた。

「レディがそんな顔をするものではありません」

そう言ってステファンは微笑んだ。

その表情はとても穏やかで、怒っているこっちが恥ずかしくなってくる。

少し拗ねた目でステファンを見つめると、彼は私の髪を優しく撫でた。

視線を感じて前を見ると、フレッドはそんな私たちを交互に見比べながら感心したように言った。

「へぇ・・・・・・仲いいんだねえ」

「その驚いたような言い方はなんなの」

「カナコが俺達以外の誰かとそんなに親しくしてるの初めて見たから」

「なによそれ」

「いや、だって今までのカナコだったら今のステファンの言葉なんて絶対に許さないだろうと思って」

「・・・・・・」

「良かったねカナコ」

「私をからかわないで頂戴」

私のその言葉を無視したフレッドはステファンと顔を見合わせた。

相変わらず穏やかな笑みを浮かべているステファンと面白そうに私の反応を窺うフレッドにため息をついて、私はリビングのドアを押した。

座り心地で決めた車の助手席でハワイの風を感じながら、私は流れる景色を目で追った。

左ではハンドルを握るステファンの一つにくくった長い髪が風を受けてひらひらとたなびいている。

「気持ちいいですね」

ステファンが視線を前方においたまま言った。

私は軽く頷くと左腕にはめた時計に視線をやった。

11時45分。

ランチパーティーに行くにはちょうどいい時間だ。


今日は以前マヤコから電話のあった、例のお祝いだった。

適当に行くと言いながらいつもお昼に行く私のパターンはマヤコにはお見通しだろうから、きっとすぐにおいしいランチにありつけるんだろう。


電話ではああ言ったけれど、ステファンを連れて行くことにはなんの躊躇いもなかった。

私の行くところには全て彼が一緒だったし、彼がいない時のことなんて私にはもう思い出せない。

姉のようなマヤコに彼を見せたかったのもある。

マヤコに同居人たちがいるように、私にもステファンがいるということを教えてあげたかった。



ハイウェイを降りるとステファンは私が予め教えた道をゆっくり進んだ。

そして一軒の家の前で車を停めた。

白い壁に水色の屋根。

マヤコの好きな色だ。

ステファンが車を降りると、家から人が出てくるのが見えた。

ステファンと並ぶと体の小さい男性。

まだ少年と言ってもいいような彼、フレッドは私を見ると大きく手を振った。

私に対するそのフレンドリーすぎる挨拶に、ステファンが助手席のドアを開けながら驚いたように私を見ている。

私は苦笑して車から降りると、久しぶりに会うマヤコに心を弾ませながら、玄関に向かった。