「あらカナコ。来てたの」
気だるそうに髪をかきあげながら、マヤコは大きな欠伸をした。
「来てたの、じゃないわよ」
私がため息をつくと、マヤコは言った。
「ごめんごめん。お詫びにこれあげるからさ」
私はマヤコが差し出したハードカバーを受け取った。
見慣れない表紙に首をかしげ、ぱらりと一枚捲ってみる。
そこにマヤコの似顔絵つきのサイン、というよりもはや落書きにしか見えないものを見て、私は思わず吹き出してしまった。
「それ来週発売なのよ。サイン入れといたから」
してやったりという顔でマヤコが笑った。
「発売前には読み終えてやるわ」
そう言って私もマヤコに笑いかけた。
しばらくの間視線を交差させて同じタイミングでふふっと笑い出す。
「元気そうね。半年ぶりくらい?」
「なんだか全然そんな感じしないけど。マヤコったら相変わらずだし」
私とマヤコの間に流れる空気は半年前と全く変わらない。
相変わらず、ここはとても居心地がいい。
「で、彼がステファン?」
マヤコがその目をまるで子供のように輝かせて私に聞いた。
私が頷くと、マヤコはソファーの横に立つステファンににじり寄った。
「へぇ!やるじゃないカナコ。いい男ね」
「なっ・・・」
「ありがとうございます」
驚く私を差し置いて、ステファンが笑顔でマヤコに一礼した。
「お会いできて光栄です、レディー」
「あらいやだステファンたら。私のことはマヤコでいいわ。カナコは私の妹みたいなものだし、ステファンも私のことは姉だと思って」
「ちょっと、何言ってるのよマヤコ」
「あら、だってホントにカナコは妹みたいなものでしょ?」
「だからってどうしてステフが貴女の弟になるのよ」
「もう、照れなくてもいいのよカナコ」
満面の笑みで私の肩をたたくと、マヤコは再びステファンと視線を合わせた。
「カナコをよろしくね。この子わがままだけど、根はとっても優しいいい子なのよ」
母親のようにそういうマヤコに私はため息をついた。
こういうところが世話好きなマヤコらしいけれど、そうされて嫌な気がしないのは彼女がマヤコだからなのだろう。
マヤコの問いにステファンはどのように答えるのだろうか。
ふと興味が湧いて、私は黙って彼を見つめた。
するとステファンは一瞬私を見つめて、それから嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、承知しております。それでもお嬢様のお傍にいられるだけで幸せですから」
「…っ…」
思わず視線をそらしてしまった。
今のはふいうちだ。
そういえば彼の本当の気持ちなんて今まで一度も聞いたことがなかった。
あの日のことを武器に無理やり言うことを聞かせてきたから、てっきり仕方なく傍にいるのだと思っていたのに。
いきなりそんなことを、しかも笑顔で言われるなんて思ってもいなかったのだから。
私は顔が熱くなるのを実感した。
こんなことは初めてだから、自分でもどうしてなのかわからなかった。
そんな私とステファンを感心したように眺めて、マヤコは言った。
「本当に・・・よかったわね、カナコ」
その声は慈愛に満ちあふれていて、マヤコの姿が幼い記憶の中のママと重なった。