*~夢詩~*Hawaian dream* -3ページ目

*~夢詩~*Hawaian dream*

父についてハワイに渡ったお嬢様、カナコ。お嬢様の気紛れでその下僕となった男、ステファン。二人の間にあるのは主従関係か、それとも…。

「ん・・・」

いいにおいがする。


バターたっぷりのスクランブルエッグのにおい。

カリカリに焼けたベーコンに焦げ目のついたトースト。

幼い記憶の中でママが作ってくれた朝食。


ぼやけた頭の中でそれを感知して、私はゆっくりと覚醒していく。

思考がはっきりしてきたおかげでベッドには他に誰も寝ていないことがわかって、私は目を開けた。

朝だというのに窓から差込む日差しは強い。

私は気だるくてぼーっと天井を見つめた。

彼はどうしたのだろう。

私は体を起こし、きちんと揃えられたスリッパに足を入れるとベッドから降りた。

ドアを開けてリビングに出ると、キッチンカウンターの向こうにフライパンを手にしたステファンの姿が見えた。

「ステフ・・・?」

私の声に気がついたのか、ステファンは顔を上げた。

「お嬢様」

私を見るなり彼は満面の笑みを浮かべた。

「おはようございます。すみません、うるさかったですか?」

コンロの火を止めて、ステファンは用意されている白いプレートにスクランブルエッグを移しながら言った。

「何、してるの?」

「え?」

何故そんなことを聞くのかと言った風に、彼は目を見開いた。

しかしすぐに元の笑顔になる。

「お嬢様に召し上がっていただこうと思いまして。よろしければ温かいうちにどうぞ」

そう言いながらステファンは私に近づいてきた。

エスコートされるままにダイニングテーブルの前に座ると、彼は手際よく私の前に朝食を並べた。

それはいつも私の前に出されるものと大差ないように見える。

私の食事は専門のシェフが作っているのだけれど、ステフにはそんな才能もあったのかしら。

「貴方は?」

「私はもう済ませました。さぁ、どうぞ」

私の目の前に腰を下ろして、ステファンはにこにこと私を見つめている。

いいにおいのするスクランブルエッグを口に運ぶと、ふわりとした卵が口の中いっぱいに広がった。

「・・・ふうん・・・」

「いかがですか?」

「・・・まあまあね」

私がそう言うと彼は嬉しそうに笑った。

私が食べ終えるまでステファンはずっとそうして私を見つめていたが、ふいに言った。

「お食事を終えたばかりで申し訳ありませんが、私はそろそろ仕事にいかなければいけません」

「え・・・?」

壁に掛けられた時計を見ると、確かに良い時間だ。

「・・・・・・」

「お嬢様はこれからどうなさいますか?ご自宅にお帰りになりますか?」

「・・・・・・」

「お嬢様?」

私の表情が曇っているのにようやく気がついたらしく、彼は立ち上がって私の傍に来ると私の顔を覗き込んだ。

なおも黙り込んだままの私に、ステファンはにこりと笑った。

「寂しい思いをさせて申し訳ありません」

「寂しくなんかないわよ」

私がそう言うと、彼は苦笑した。

「仕事が終わったらすぐに帰ってきますから」

「寂しくないって言ってるじゃない」

私の頭に降りてこようとした彼の手を振り払って、私は彼を見上げた。

ステファンは一瞬驚いたように手を引いたが、懲りずにもう一度私の髪の上を滑らせた。

私が振り払わないのを良いことに、彼は私の頭を撫でるとそのまま手を下に滑らせ、私の手を取った。

そしてその手にキスをひとつ。

「・・・そう気安く触らないでちょうだい」

口ではそう言いながらも拒否しなかった私をその笑顔でさらりと交わして、彼は車のキーを取った。

「では、また後ほど」

そう言って一礼してから、ステファンはドアの向こうに消えた。

ステファンはそのまま顔色一つ変えずに私を抱き上げたままエレベーターに乗った。

器用に片手で私を支えながらドアを開けて部屋に入る。

「どちらへ?」

「ベッドでいいわ。そっちの、グリーンの方」

2つある寝室は1つがグリーン、もう1つがオレンジで統一されており、私はなんとなくグリーンを選んだ。

ステファンは頷くと私を広いベッドの上に降ろした。

私の重みをうけてスプリングがゆっくりと沈む。

私の体からステファンのぬくもりが離れていくのが面白くなくて、私はそのまま彼の腕を掴んだ。

「お嬢様?」

「どこへ行く気?」

「どこへ、とは・・・」

明らかに困惑した風にステファンが私を見つめる。

私はその肩を掴んで、ぐいと自分の方に引き寄せた。

「うわっ・・・!?」

案の定彼はバランスを崩し、まるで私の上に覆いかぶさっているかのような体制になる。

「申し訳ありませんっ!!」

慌てて体を起こそうとするステファンを睨みつけて、私は言った。

「貴方もここで寝るのよ」

「えっ!?」

「嫌なの?」

「いえ、嫌と言うか・・・あの、それは・・・」

そのままステファンは黙り込んでしまった。

上から降ってくる驚愕と困惑の視線に負けじと、私はじっと彼を見つめ続ける。

私の視線に耐えられなくなったのか、ステファンは私から視線を外した。

「あ、あの、お嬢様。一度手を離していただけませんか?」

「何故?」

「・・・どこにも行きませんから」

「・・・」

「お嬢様」

そっと手を添えられて、私はしぶしぶ手を離した。

ステファンが体を起こすのと一緒に私も上半身を起こす。

彼は一度立ち上がるとそんな私の前に屈み、私と視線を合わせた。

「傍におりますから、お嬢様はどうぞお休みください」

「貴方はどうするつもり?」

「お嬢様が眠られるまでここにおります」

「一緒に寝ればいいじゃない」

私が言うと、ステファンは苦笑して首を横に振った。

「そういう訳にはいきませんよ。お嬢様と同じベッドで眠るなんて」

「・・・・・・」

今まで私に言い寄ってきた男達なら、こんな事があればすぐに飛びついてきた筈だ。

もちろん私がそんな男達にそれを許したことなんか一度もないけれど。

それなのにこの男は、私を抱き上げても顔色一つ変わらない。

他人、しかも男性に同衾を許すなんて、滅多にないことなのに。

何だか無性に腹が立ってきた。

この男は本当に自分の立場がわかっているのかしら。

「さっきも言ったわよね。貴方にNoと言う資格はないと、何度言ったらわかるの?」

「ですが、さすがにこれは・・・」

「私が良いと言ってるのよ」

「・・・・・・」

「まさか貴方、ここまで来て私の言うことを聞かないつもりなの?覚えてるわよね、あの事」

私が視察の時の事を口に出すと、ステファンの表情が変わった。

「・・・・・・っ」

「さて、どうするの?」

勝ち誇ったような笑みを浮かべて聞く私をちらりと見て、彼は唇を噛んだ。

「・・・わかり、ました・・・」

「初めからそう言えばいいのよ」

そう言って私はベッドに潜り込んだ。

滑らかなシーツの冷たい感触が、熱を持った肌に心地いい。

ステファンはしばらく躊躇っていたが、やがてベッドカバーの端が持ち上げられてスプリングが軋んだ。

「失礼します・・・」

そっとベッドにあがって来たステファンを無視して、私はそのまま寝返りを打つ。

初めのうち、ステファンは所在無さ気にその場で微動だにしなかった。

しばらくすると彼が体の力を抜いたのがスプリング越しに伝わってきて、私は密かにくすりと笑った。

そして彼の方を向くと、目を合わせて言った。

「良い夢を」

「・・・ええ、お嬢様も」

ステファンから返ってきた優しげな笑みに満足して私は目を閉じた。

私の体に布が掛けられて、そのまま彼の手が私の頬を掠る。

そのまま目を閉じていると、彼の手がもう一度私の頬に触れた。

そして私が眠りに落ちる寸前、何かが額に触れたような気がした。


「必要なものは用意してあるから、好きなように使いなさい」

「はい」

私の許可を得たステファンは部屋を探索し始めた。

バスルームの広さに驚いたような声をあげ、2つある寝室それぞれのベッドの大きさにため息をついている。

そしてリビングの壁に備え付けられた収納やキッチンの棚を開け閉めしていたが、そのうちにふと呟いた。

「そういえば・・・」

「何?」

「あの、お嬢様。その・・・車をアラモアナに置いたままなのですが、明日の朝はどうすれば・・・」

「ああ、何かと思えばそんなこと」

「車がなければ仕事に行けませんので・・・」

困惑するステファンを見て、私は立ち上がった。

「いらっしゃい」

「まさか・・・」

ステファンの推測が当たっていることを証明するために、私達は部屋を出てエレベーターに乗った。

先ほどのエントランスの下、地下でエレベーターを降りると、私は一台の車の前で足を止めた。

「これは・・・!」

それはステファンが今まで乗っていたのと同じ、シルバーの車だった。

違うのはその大きさ、それからデザイン。

車は普段は幌をかぶっているが、それをしまえばオープンになる。

ハワイの風を感じるには打ってつけの車だ。

これはディーラーに適当に選ばせたもので車に詳しくない私にはよくわからないけれど、車が好きな人なら一度は憧れるものらしい。

促されるままに試乗した時に乗り心地が良かったのは確かだから、私自身気に入ってはいるのだけれど。

ステファンはそっと車体に触れると、そのボディに見入っていた。

目を輝かせるその表情からは、確かに彼にとっての憧れであったのだろう。

けれどすぐに車から離れると私に言った。

「お嬢様、申し上げにくいのですが、さすがに車まで頂く訳にはいきません」

「どうして?」

「この家を用意して頂けただけで十分です。今の車もまだ動きますし、これ以上ご迷惑をおかけするのは私もさすがに心苦しいのです」

車を見て明らかに喜んでいたはずなのに、どうしてこう素直じゃないのかしら。

私はため息をついてステファンを見遣った。

「前にも言ったと思うけど、貴方に選択肢はないのよ?」

「・・・っ」

言葉につまるステファンに、私は続けた。

「それに、ずっと運転手付きで出かけるつもり?それとも貴方、あの車に私を乗せるつもりなの?」

「いえ、決してそんなことは・・・」

「私はこの車に乗りたいの。そして運転するのは貴方よステフ。言っておくけど、拒否権はないの」

「・・・わかりました・・・」

そう言いながらもどこか嬉しそうに、ステファンは私の差し出したキーを受け取った。

その感触を確かめるように何度もキーを握るステファンを眺めて思った。

私からの”プレゼント”はどうやら気に入ってもらえたらしい。

もちろん気に入らないなんて許さないけれど、それを強制しなくて済んだことに安心した。

知らず知らずのうちに気を張り詰めていたのか、ほっとしたら急に眠くなってきた。

「ねぇ、ステフ。眠いの」

そう訴えると車を眺めていたステファンは振り返った。

「では、戻りましょうか。お疲れでしょう」

笑顔でそう言って歩き出そうとした彼に、私は言った。

「連れて行って」

その言葉にステファンの表情が変わった。

「それは・・・」

「聞こえなかった?連れて行ってと言ったの」

「ですが」

「ステフ」

私が一言そう言うと、彼は苦笑した。

「かしこまりました、お嬢様」

そして失礼しますと小さく言うと、ステファンは私を抱えあげた。

その滑らかな動作に面白くない気分になりながらも、私は彼に身を任せた。

部屋に戻るまで、私は一言も喋らなかった。

全身に伝わってくるステファンのぬくもりが、とても心地よかった。

入ってすぐの壁にあるスイッチにカードキーを差し込むと、音もなく部屋の明かりがついた。

「・・・っ・・・」

後ろでステファンが息を飲む。

それもその筈だろう。

ドアを開けて目の前にあるリビングの奥は全面がガラスになっていて、遠くにワイキキの夜景が広がっている。

ステファンは呆気に取られたような顔で、ゆっくりと窓に近づいた。

その子供のような行動に苦笑して、私は入り口の右に備え付けられたシステムキッチンに向かった。

コックをひねるとすぐに熱いお湯が出てくる。

私はそれをティーサーバーに移し、カップを温めた。

そして用意しておいた茶葉をティーサーバーに入れ、お湯を注ぐ。

その香りに気づいたのか、ステファンが振り返った。

キッチンカウンター越しに目が合うと、彼はバツが悪そうに笑った。

私は何事もなかったかのように視線をそらすと、ティーセットを持って白い革張りのソファーに座った。

私が紅茶を入れるのを、ステファンはいつものように微笑みながら見つめている。

カップを差し出すと、彼は嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます」

「嬉しそうね」

「お嬢様の紅茶はとてもおいしいですから。いつも楽しみなんです」

くすりと笑って私は紅茶を一口飲んだ。

今夜もおいしく入れられていて、私は口に広がる紅茶の香りを楽しみながら夜景を眺めた。

そうやってお互い無言で紅茶を楽しんでいると、ふいにステファンが言った。

「ところで、お嬢様は今夜はこちらにお泊りですか?」

それを聞いて、私は彼に大切なことを伝えていないことに気がついた。

私は一人納得して、ステファンと視線を合わせた。

「私だけじゃないわ」

「・・・え?」

「貴方もよ」

「・・・・・・それは、どういう・・・・・・」

明らかにうろたえる彼を目の前にして、私は口角を上げた。

「そのままの意味よ。これから貴方はここに住むの」

「・・・・・・」

言葉を失ったまま私を見つめ続けるステファンに笑顔を返して、私は立ち上がった。

そしてぐるりと部屋を見回して言った。

「この部屋、貴方にあげるわ」

ステファンが驚いて息を呑んだのが、離れた所にいる私でも容易にわかった。

私の言葉に立ち上がったステファンはすぐに我に返ったようで、慌てて私から視線を外ししばらくすると再びゆっくりと私に視線を移した。

目が合ってにこりと笑ってやると、ステファンは戸惑いながら口を開いた。

「この部屋をいただける、と?」

「そうよ」

「何故・・・」

「理由なんてないわ」

それは嘘だった。

仕事をして、夜遅くにアラモアナからカハラに来て、そして深夜にカハラより更に遠くにある町に帰る。

そしてまた翌日の朝早くに家を出て、アラモアナに行く。

ステファンはここのところ毎日その繰り返しだった。

私の家を出るのが深夜になるのだから、彼はほとんど寝ていないはずだ。

それで先ほどのような食事を取っていたら、いくら強靭な男性でもそう持たないだろう。

それからこれはついでといえばついでなのだが、ここは彼の現在の家よりも、彼の母親が入院している病院にも近いのだ。

「・・・・・・」

なんと答えるべきか迷っているステファンに私は言った。

「貴方は私に感謝することはあっても、拒否する理由はないはずよ」

私がそう言うと、ステファンは何かを感じ取ったようだった。

そして表情を和らげると、私に頭を下げた。

「・・・ありがとうございます」

「貴方の今の部屋の荷物は明日運ばせておくわ」

「そんなことまで・・・ありがとうございます、お嬢様」

「嬉しい?」

「もちろんです。こんなに素敵な部屋を・・・。これでお嬢様とご一緒できる時間が長くなりますね」

本当に嬉しそうに言うので、私も少しだけ嬉しくなった。

この部屋は一度見ただけで衝動的に決めてしまったのだけれど、彼が喜んでくれたのならそれでいいと思った。

ステファンがロコモコの皿を空にしたのは、ちょうど私が2杯目のグアバジュースを飲み終えた時だった。

「お嬢様は本当にグアバがお好きなんですね」

そう言って目を細めるステファンを一瞥して、私は立ち上がった。

「もういいかしら。次に行きたいの」

「ええ、ご馳走様でした」

ステファンは立ち上がると私をロビーまでエスコートする。

滑るようにやってきた白いリムジンのドアを開けて私を乗せると、彼はドアを閉めようとした。

「何をしてるの?」

私が普段滅多に出さないような大きな声を出したからか、彼は驚いたようにその手を止めた。

「お嬢様?」

ステファンは慌てて私と視線を合わせるためドアの前に屈みこんだ。

「ぼーっとしてないで、貴方も乗るのよ」

「ですが・・・」

彼がいつもあのシルバーの車で来ていることは私も知っている。

きっとステファンはその車で私の後を追おうとしたのだろう。

そしてこのまま私の車に乗ってしまったら、彼には明日の朝仕事に来る手段がない。

私はそれを承知で乗れと言ったのだ。

「何か文句があるの?」

「・・・いえ」

私の睨みに根負けしたのか、彼は素直に車に乗り込んだ。

車が走り出すと、彼はおずおずと私に言った。

「あの、一体どこへ・・・?」

「着けばわかるわ」

ステファンの納得のいかないという顔を無視して、私は窓の外を見つめた。

アラモアナからワイキキに至る道沿いのホテルの明かりが、濃紺の空によく映えている。

車はそのままワイキキを北上し、少し行った辺りで止まった。

それはちょうどワイキキとカハラの中間辺りで、私の家に着いたのではないとわかるとステファンは怪訝な顔で私を見た。

それに視線を移して、私は言った。

「降りて」

「ここは・・・?」

「いいから降りなさい」

しぶしぶ車を降りるステファンに続いて私も車から降りた。

そこはマンションのエントランスになっていて、ドアに続く道の横には明かりの湛えられたランプがいくつも置かれている。

その道の下には小さな川が作られていて、流れる水の音がとても涼しげだった。

「これは・・・」

驚くステファンを尻目に、私はゆっくりと入り口に向かって歩いて行く。

慌てて私を追いかけてくる足音がして、私は振り返った。

「素敵でしょう」

「ええ。ここはお嬢様の別邸ですか?」

「・・・まぁ、そんなようなものね」

このマンションはつい最近手に入れたものであり、本当は理由もあるのだけれど、私は曖昧に頷いた。

私が入り口の門の横にある機械に番号を打ち込むとステファンが門を開けた。

奥に進みエレベーターに乗ると、私達は最上階に向かった。

最上階には部屋は一つだけで、エレベーターを降りるとそこはすぐに部屋の玄関になっている。

私がカードキーを通すと、ピッという音がしてロックが外れた。

「入って」

私が促すと、ステファンはゆっくりとドアを引いた。