「ん・・・」
いいにおいがする。
バターたっぷりのスクランブルエッグのにおい。
カリカリに焼けたベーコンに焦げ目のついたトースト。
幼い記憶の中でママが作ってくれた朝食。
ぼやけた頭の中でそれを感知して、私はゆっくりと覚醒していく。
思考がはっきりしてきたおかげでベッドには他に誰も寝ていないことがわかって、私は目を開けた。
朝だというのに窓から差込む日差しは強い。
私は気だるくてぼーっと天井を見つめた。
彼はどうしたのだろう。
私は体を起こし、きちんと揃えられたスリッパに足を入れるとベッドから降りた。
ドアを開けてリビングに出ると、キッチンカウンターの向こうにフライパンを手にしたステファンの姿が見えた。
「ステフ・・・?」
私の声に気がついたのか、ステファンは顔を上げた。
「お嬢様」
私を見るなり彼は満面の笑みを浮かべた。
「おはようございます。すみません、うるさかったですか?」
コンロの火を止めて、ステファンは用意されている白いプレートにスクランブルエッグを移しながら言った。
「何、してるの?」
「え?」
何故そんなことを聞くのかと言った風に、彼は目を見開いた。
しかしすぐに元の笑顔になる。
「お嬢様に召し上がっていただこうと思いまして。よろしければ温かいうちにどうぞ」
そう言いながらステファンは私に近づいてきた。
エスコートされるままにダイニングテーブルの前に座ると、彼は手際よく私の前に朝食を並べた。
それはいつも私の前に出されるものと大差ないように見える。
私の食事は専門のシェフが作っているのだけれど、ステフにはそんな才能もあったのかしら。
「貴方は?」
「私はもう済ませました。さぁ、どうぞ」
私の目の前に腰を下ろして、ステファンはにこにこと私を見つめている。
いいにおいのするスクランブルエッグを口に運ぶと、ふわりとした卵が口の中いっぱいに広がった。
「・・・ふうん・・・」
「いかがですか?」
「・・・まあまあね」
私がそう言うと彼は嬉しそうに笑った。
私が食べ終えるまでステファンはずっとそうして私を見つめていたが、ふいに言った。
「お食事を終えたばかりで申し訳ありませんが、私はそろそろ仕事にいかなければいけません」
「え・・・?」
壁に掛けられた時計を見ると、確かに良い時間だ。
「・・・・・・」
「お嬢様はこれからどうなさいますか?ご自宅にお帰りになりますか?」
「・・・・・・」
「お嬢様?」
私の表情が曇っているのにようやく気がついたらしく、彼は立ち上がって私の傍に来ると私の顔を覗き込んだ。
なおも黙り込んだままの私に、ステファンはにこりと笑った。
「寂しい思いをさせて申し訳ありません」
「寂しくなんかないわよ」
私がそう言うと、彼は苦笑した。
「仕事が終わったらすぐに帰ってきますから」
「寂しくないって言ってるじゃない」
私の頭に降りてこようとした彼の手を振り払って、私は彼を見上げた。
ステファンは一瞬驚いたように手を引いたが、懲りずにもう一度私の髪の上を滑らせた。
私が振り払わないのを良いことに、彼は私の頭を撫でるとそのまま手を下に滑らせ、私の手を取った。
そしてその手にキスをひとつ。
「・・・そう気安く触らないでちょうだい」
口ではそう言いながらも拒否しなかった私をその笑顔でさらりと交わして、彼は車のキーを取った。
「では、また後ほど」
そう言って一礼してから、ステファンはドアの向こうに消えた。