今日は寺山修司の命日(没後35年)。 寺山が死んだとき、一か月位ぼーっとしてました。あれ程の喪失感というのは、他には母親が急死したときだけです。


そういえば、先日の文化系トークラジオLifeで、私の知らない寺山の言葉が紹介されていました。

 

 

「都市というのは、上辺だけの約束事と、何の保証も無い情報だけに、がんじがらめに成っている空間である。いつどこで何をするか、誰と会うか。都市民にとっては、既に決まっている事であり、こんな人生は無いのも同じ空虚である。今や都市民にとって真実のコミュニュケーションとは間違い電話だけなのだ。だから自分は電話番号を聞かれた時に、積極的に間違った電話番号を教えるのである」


あと書き忘れていましたが、2月頃に『あしたはどっちだ、寺山修司』という新作映画を観に行きました。映画自体は評価できるものではありませんでしたが、寺山が最後にこだわっていたものが、市街劇であったことはわかりました(上記の間違い電話も、一種の市街劇です)。

肝硬変を抱えていた寺山は、常に死を意識して生きていました。寺山より8年も長生きしている私は、既に死を意識すべき年齢です。急死は困りますが、いつ余命1年と宣告されても良いように生きようとだけは思っています。