3冊目は、山本七平の 『空気の研究』 (1977年)

 

テレビのひな壇芸人は、各自がそれぞれの役割を担っていて、場の微妙な空気の読み合いをしている。「ひな壇芸人化」する社会。

 

「あいつは空気が読めない(KY)」など、空気を読むことは良いことだと思われがちだが、むしろ問題は、日本社会を支配しているのが、その「空気」であるということ。

 

戦艦大和でアメリカ軍に占領された沖縄の浜に乗り上げて、最後の1発まで弾を撃ちまくるなどという、無謀な作戦はなぜ決定されたのか。

・小沢治三郎中将の証言。「全般の空気よりして、当時も今日も特攻出撃は当然と思う」
・連合艦隊司令長官・豊田副武「本作戦の無謀を難詰する世論や史家の論評に対しては、私はああせざるを得なかったと答うる以上に弁疏しようとは思わない」(一番高価な武器を使いもしないで負けることは許されない)

 

「空気による支配」 の特徴

① 「今の空気はコレ」と、どこかに明示されているわけではない。感じて、読み合って、自分で解釈し、合わせていかないといけない。

②「空気」は各々の人が考えていることと一致しない(大和の出撃は誰もが非合理とわかっている )。にも関わらず”空気さん”は誰よりも強い。

③空気は異論・反論を許さない。

 

テレビのテロップは、空気を強める働きがあるが、これを報道や報道バラエティーで使えば、世論形成に悪用できる。

 

政府がマスコミを利用して、世論形成をした(プロパガンダ)例。

 

①西南戦争での露骨なレッテル貼
官軍は正義、仁愛の軍(新聞に美談を載せる)
西郷軍は賊軍、残虐人間集団(新聞で西郷軍の悪逆非道をキャンペーン)
当初は西郷側に同情的だった国民も、そう言える「空気」でなくなった。

 

②「一億総中流」キャンペーン

社会全体=自分も中流だと、誰もが思い込んだ。

 

多くのマスメディアは、「今の世の中の空気が何か」を示す装置となっているが、 本来はそれに「水を差す」役割だったり、「空気の成分」を分析して示す役割であるべき。