東日本巨大地震は、東京湾臨海部の埋め立て地で激しい液状化を引き起こしていることが、専門家の調査で明らかになった。

 営業休止になった千葉県浦安市の東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの周辺の液状化調査を行った東京電機大の安田進教授(地盤工学)は、「ディズニーランドの駐車場は広範囲に液状化しており、駐車していた車が砂にはまって動けなくなっていた。付近では電柱が大きく傾いたり、学校の建物の周囲が50センチ程度沈下したりしていた」と話す。道路の中央が跳ね上がり、一方の側だけが大きく沈下している場所もあった。

 また、東京のお台場から新木場周辺の埋め立て地を調査した愛媛大学の森伸一郎准教授(地震工学)は「30センチほどの噴砂や、マンホールの浮き上がりなど、激しい液状化がみられた。舗道の敷石が割れたり、建物の塀も傾いていた。ゆるやかな傾斜に従って、液状化した土壌が低い方に流れる側方流動が起きたのだろう」と分析する。

 土壌は通常は砂が互いに支え合い、その間を地下水が満たしているが、地震による振動で支え合いが壊れると、水の圧力が高まり土壌は泥水のように液状化する。地表面に弱い部分があると、泥水が噴き出し、水が乾いた後に大量の砂が残る。地盤は沈下したまま戻らない。埋め立て地は地盤がやわらかく、液状化しやすい。阪神大震災でも人工島で大規模な液状化が起きた。
ひっさしぶりに書きます。
今年もあと2週間ちょっと。師走って、本当に時間がたつのが早く感じられますね。どの月も、同じ一秒、同じ1分、一時間、1日なのに。それだけいろいろやることがあるってことなんですね。

まー、そーなってくると足りなくなってくるものが睡眠時間。

ここのところ、MAX4時間というところです。連続4時間ならいい方です。2時間×2コマとか、かなりキツいです。

そこで考えました!!
睡眠不足解消方法。

誰でも簡単にできますので試しにやってみてください。

例えば6時間寝たという事実を確認するために必要なものは[寝ようとした時間]と[起床時間]の2つですね。このうち、寝始める時間をわからなくすることによって、その時、自分がどれだけ寝たかわからないですよね。時間をわからない状態を作ることは難しくないです。

まずは、もちろんTVオフ。それから、掛け時計など、ふと目についてしまう時計ははずす。
PCの画面表示の時計もオフ。
起きる時は事前に目覚まし時計や携帯アラームをセットしておけば問題ありません。

こうすると、自分が2時間寝たのか、4時間寝たのか、6時間寝たのかわからなくなってます。

とりあえず、気分は少し楽になります。

一度お試しください。
今回は訳あって審判について書きます。

どのスポーツでも審判は競技を行う上で必須の存在です。

その昔、『審判は神様である』という格言があったようですが、私から言わせれば、ふざけた事を言うなビックリマークビックリマーク ってことになります。

今回も、私のメインフィールドであるサッカー・フットサルの場合で話をさせていただきます。

大前提として、審判を行うものは、その競技のプレイヤーであるべきです。

競技レベルは高いに越したことはありませんが、少なからず選手であっていただきたい。

そうすることにより、試合中の選手目線や心理、ゲームの流れがつかめます。

次に審判は「プレイヤーファースト」を一番に考えなければならない。

審判のジャッジやゲームコントロールにより、選手が試合に集中できず、審判の顔色を伺いながら窮屈そうに試合をしていたら、審判が変わらなければならない。
選手がジャッジに対して文句を言うのは当たり前。
それだけ一生懸命やってるのだから。それを聞き流したり、諭したりできるのがすばらしい審判である。

1つの試合は選手と審判の共存関係により成り立っている。

審判が目立ってはいけない。

審判が勝敗は決してもいけない。

ベストは審判がいなくても試合が成立するようなゲームを選手が行うこと。

しかしながら、勝ち負けにこだわるような一戦ではそうもいかない。
それでも、審判は目立ってはいけない。

ファールがあれば、ファールをした側の選手が一番わかってるのです。だから、審判にアピールするわけです。

それを聞き入れてあげられる器量をもってあげてください。

選手もうまくなろうと、チームも強くなろうと日々練習し、トレーニングしています。同様に審判も日々トレーニングし、自分のレフェリングをビデオに記録し、チェックし学習をおこなってください。

控え室て話しあうことなんて、机上の空論であり単なる理想論です。

傷をなめあっても成長できないのです。

審判は神ではありません。
そして、試合中は私的・個人的感情は一切もってはいけません。

その競技レベルを高めるために審判は大きな役割をになっています。

興行として試合をおもしろくも、つまらなくも、審判の技量1つで大きく左右されます。

審判には、そういった意味で努力していただきたい。