・さっき思いついたことを、メモしてまとめようとしてる間に、つぎの思いついたことがあって、おいつかない。

・手がきれいになってきた。

・髪の毛がきれいになってきた。

・顔 おでこの肌荒れが なくなった。

・痒みとかぶれが治ってきた。

・自分がどう思って感じていたかを気づくのは、気づけたと思ったときに気付けていて、気づきに意識的になっていると気づく。

・気にしない。自分に集中。

・公園にいると、公園だけではないけど、鳥 すずめ 知らない鳥が 鳴いてる声がうるさいくらい。小さい子供を遊ばせている姿をよく見る。

 

瞬間の選択。

一言で変わる。

 

 




清々しくて、
気持ちの良い空と木々。

青と緑の鮮やかさ。























・動くから感じることに気付く

湊川神社へ初めて行った。清々しさが気持ちよかった。

 

自分は、空気感 見た目 存在に 影響される。

入口 ゲートの立派さは 立派でいい。

タワーマンションも、一階入り口は吹き抜けで天井が高く、威圧感がある。

威圧感と空気で人を寄せ付けない空気がある。防犯効果もあるのだろう。

ただ、この空気も 必要以上に飲まれる必要はない。空気感を利用して商業利用(?)とまでいうと言い過ぎだろうが、圧する空気をりようして ブランドを出し、経済価値を高めてそこに属する自分たちの価値も高いとするのはなんか違う。。。と感じる。

価値 意義 ブランドは 感じさせられるし 空気で漂ってくるが、その価値意義ブランドを認めるのは あくまで 私なのだ。

 この価値意義ブランドをわからないのか!と威圧してくる空気でさえ、私が勝手に感じ取ってとらえて萎縮してるだけなのだ。強がってかっこつけて意義付けて、それを認めない他者を見下そうとする態度と空気。

 そういう空気が嫌だ!鼻につく!と 感じるのであれば、そういう風に思っている私の側に、他を見下す優越感がある。

 「プライドというのは、自分は相手より優れているという思いからくる」と、先週から読みだした『手放しのすすめ』にあった。

 全くもう!

 本当にそうだと思えたとき、それを突き付けてくるナニカに 脱帽する。頭が下がる。気づかせよとしてくれていると感じられて ありがたさに感謝がわく。

のは 思考でいうとそうなるだけ。

 本当は もう!腹立つ!そうやねん。気づかんでごめんよ!ってくらい、小さな怒りがわく。感謝になるのは 怒りのあと。数秒してから。落ち着いてかみしめてからのこと。

 

 

私自身の考え方やオリジナル意見なんて、本当に表現が貧しいことがわかる。自分だけの思考だけで分かったつもり できたつもりになっていると、周りから影響を受けようとしなくなってしまうし、変化を避けるようになる。経済的なことだけを優先して動くことで、省力化省エネ化効率化を狙っているつもりが、ちいさなエゴのなすがままでなんの変化もなく 思考のジャンプも転換も体験しないことになる。だから 思いつき、出たとこ勝負、やってみる、衝動的事故的事件的アクシデントが重要になる。こういうアクシデントのなかで感じることこそ、天というか、上の存在が 我に何かを諭そうとしてるのだと思えて謙虚になる。

 

 何もなく 感情的波風なく、障害や抵抗なく、思うままに 望む通りになんでもかなっていくことが 理想的なのだとエゴは 思いがちだ。

 こういう嘘を見抜いて、そうではないことに気付きたい本心を無視しないことだ。

 

 気持ちよく すいすいと 悩みなく迷いなく 思う通りになっていく~というのが理想なのだという思い込みは、自らの変化と進化と突発的出来事に対処していく臨機応変さと柔軟性を失わせていく。

 なんか変だ。うまくいかん。おやおかしい。と感じる時に 底のほうでなにかがうごめいているのを感じようとする姿勢と意思がいる。

 

 

 というようなことを、今朝行ってきた湊川神社の社務所や式場らへんを探索して 歩いて空気を感じた。

 

 自分が感じることなんて、本当に些細で 小さいことにも気づける。

些細で小さいからアカンのではない。些細で小さいのに気づけて 改めていこうと柔軟に思える自身の本心の、変化進化受容していこうとしている態度に 惚れるのだ。ええやんええやん。

 

 変えていく。変わっていく。数秒前の過去を切って捨てて、つじつまの合わない変化の急さを受け入れていく己を すごいと眺めている感じ。

 

 

 

 




思いつきで、気になっていたから行く。


行って見たら、意外と近いとわかる。
















行って満足。


更に足を延ばして、


満腹。

帰り道、大きな本屋で本を買う。