惹かれて買ってしまったが、ほとんど理解できない。

数式はなんとなくわかるところもあるが、びっくりする事実がさらっと書いてあって驚く。

「化学反応は、原子の中の電子の軌道がかわること」

「質量保存法則は嘘」

まだ28ページなのに。面白すぎて 刺激的すぎる。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

これも 面白い。

何がどうなってこうなってというのは ないのかもしれん。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 

 

 

普通に国会中継全体を見ていくと、

敵対してるのか、手を組んでいるのか どんどん転換が起こっているように見える。

話したことの表面では感じられない、奥の意図があるようだ。

相手を立てながら批判せず、受け入れて、そのうえで意見を述べ、

こちらが言いたいことを相手に言わせて言っているようだ。

そうすることで、敵が味方になっていき、実は全体のために皆協力して動いている・・・・というのを見せてくれている。

と感じた。

 

 

書いて表現してみると、薄くなる

 

許せない

赦したくない

怒って当然だ

恨んで当たり前だ

 

という念と意 

 

書いて出して 言葉にしたら、なぜか 恥ずかしくなるのは不思議だ。

そんなに許せないか 赦したくないか 怒って当然か 恨んで当たり前か と

念と意を出したときに 反論が起こる。

 

プラスとマイナスが 時間差で起こる。

起こるときに 静かになる。声がやむ。音がなくなる。

 

静けさに耳を傾けると 止まる。終わる。ざわざわが 落ちていく。何も起こってないのに起こってるようにしてる主体が薄くなっていく。

 

 感じたこと ひらめいたことに すなおにしたがっていく。

これを 確かめようとする行為が、停滞と粘着 執着を起こす。

確かめようとするとは、理解されるという承認のこと。

わかってもらう、わかってもらいたい、言い負かしたいという念は、

静かな湖面に起こった波紋かもしれないという仮説を信じる自身への信頼。

 

 

・許すというのは 負けること。言われたままになること。犠牲を負い続けること。と 昨日感じて 感じた念を 感じてたら 消えそうになる瞬間、許すことと犠牲になることをつなげる意識。いいよ それでいいよ というだけ。

犠牲になるということにつながりやすいという理解だけでいい。

 ああ。まだ 言語化が難しい。

おお!とか ああ!とか 瞬間 起こる感動は その瞬間に出て 消えていく。

だからそれで いい。

 

 




風に飛ばされた雲がきれい。

太陽も眩しい。

















削ってやめて食べないで飲まないで、感じてぞわぞわしてもかきむしらず、そっとしておくと、不思議なことに 艶と張りが もどってきた。

額と頬と 目ン玉に。

食べる量は格段に減っているのに、毎朝の便通が気持ちよいくらい ツルンと ヌルっと スポンと でていく。全部イランモノ 悪素 毒素が出ていってくれている。排出されている。皮膚と肌に現れる 荒れ ガサガサ 湿疹 膨れ が小さくなっていく過程で、同時に光と艶とうるおいが部分てきに現れてくる。

 

現象として 問題らしきものは存在するが、それでもその個々で 愛と思いやりを持って心配と心配りで 言い過ぎ 責めすぎ が 批判になっているだけなのだな。

 

「そっとしておく」ってのが 大事なんだって。聞いた。教わった。聞いて教わっても体験でわからんと わかったことにならんのだね。

 

心配してくれて思いやってくれているその意識を、愛として受け取れるように成長したい。

何でもかんでも批判文句攻撃と取り、やり返したり逆切れしたり、生〇を飛ばしたりしてしまう自分に まずは 気づこう。気づけなくて 反応で 攻撃してしまうことが多いけど、やってしまったらやってしまったで 反省して 立ち直って 乗り直し祈り直しして、向き合おう。

 

 

 

そもそも、感情のごちゃごちゃを感じたくないのか?それが目的か?何も感じず傷つかず、痛みも痒さもしびれも否定も感じないことが目的か?

感じて知って いろいろあったうえで 好きにやっていくことが目的だ。

好きにやっていく。言葉にしたら 自己勝手のようだが、好きにやっているのだ。

 今日はここまで。