・極端な経験をしたのは、終了の合図。過去そうだったけど、これからどうする?っていう問いかけ。これにどう返事しますか?と確認されている。
・採用 不採用 だ。
・数日前に深く感じ取った感覚と覚悟(?)決意(?)が、もう そうでもないかな?そうかな?って感じ方が変わっていく毎日。
・これがあればいい。これで大丈夫。というのに とらわれない。とらわれないということにもとらわれない。今感じることに素直になっていく。 らしい。
・「○○といわれている~~~~」という出来事というか、事実らしきことへの ゆるい目線 視線 とらえ方で やさしく 生温かくみていこう。
というの が 今日の感覚。
どんどん 軽く 軽薄に なってる。流れ去っていくモノが 流れていくに任せていき、流れてくるモノを 楽しんで 面白がっていく。
今のところこれが最新。自分にとって。
言葉で納得して理解できたから採用するというの。
奥底に共通して惹かれるモノがある。
自分だけが満足して納得すればそれでいい。
他が どう感じてるか
他に どう思われてるか
どうでもいい。
と、 そういうレベルにまで向上したいという気持ち。
と、感じていたときにまたまた再現するかのように 確認するかのように、
目にした動画 ハイキュー シーズン4 エピソード16。
5秒~10秒間に起こった瞬間。
それを見ている十数人の理解と感覚を
同時に俯瞰して眺めることなんて、絶対できないけど、
実はこういうことが起こっているというのを想像して妄想してみることができると、自身の踏ん張りと自信になる。
わかってくれない 支えてくれない 応援してくれない なんてのが本当にクソなのがわかる。
あ= う= くそ= という感覚は 貴重な宝だ。
くやしい こいつにはかなわない というのも 原動力だ。
エピソード16は確かに名作だけど、それを他人と共有したいというのは 違う気がする。でもこれを書いてる時点で、共有したいってのを してるから 負けなのかもしれん。でもいい。
これのために生きている。
これが大事だと思ってる。
それを確かめて確認するのも楽しい。この楽しみは一人でいい。共感はいらん。
自分ひとりだけの満足をどれだけ多く持てるか。
少し見えてきた。
もうあかん もうむり もういい って時に
踏ん張って切り替えて できるだけのことをやり切った!っていう感覚が共通だ。
























