・前はこうで、今はこうだという違いを探っていくことも おもしろいけど、追いすぎない。追うとそれらしき理由は出てくる。出てきた理由で納得するだけ。確信が高まって安心するけど、それだけ。新しいこと、おもしろいこと、すごい!ってドキドキすることは出てこない。

前は前で今こうだとするつながりに意識が集まるので、しがらみになる。

・見た目 どろんこで 臭気をはっしていると見えるモノ。それに手を伸ばして膜 幕をめくる。

・尊い存在 尊敬できる存在は必ずいる。尊さと尊敬できる点はある。ありがたい、助けてくれる人 こと モノ と、ありがたくない助けてくれない足を引っ張る人 こと モノは 別人ではない。同じ 人 こと モノだ。 なんでありがたくないのか 助けてくれないのか 足を引っ張るのか を 深く静かに 感じていく。今の時期、2025年12月22日からなぜか不思議と 感じて探っていくと なんとなく感じれるようになっている。

 

・楽屋を訪ね歩く意識。こんにちは~ いつもお世話になります~と 軽く挨拶をして訪ねていって、これからよろしくおねがいします~ こんど○○するのでご縁をお願いします~と軽く気楽に手土産もって訪ねていく意識で 出会っていく。とんとんとドアをたたいて縁を作っていく。 ずりっと幕をめくると こんなところにこんな人がいてびっくり!ということが起こる。

・奥と対話というのは話しかけだけとは限らない。手を伸ばす。なんか汚いと見えるモノに対して触手を伸ばしていく感じ。その奥、その先に、実はあるやさしさと思いやりと敬意と援助 応援に気付く。言葉 言語だけに限定しない。温度 空気 風 圧 匂いで感じる。

・完成 安定 不動 というのは 見た目だけ。流れてる。動いてる。転換してる。変わっている。規則性は その時だけ。なんで なんでと さぐっていくのは面白いが、決めつけた規則性は 壊れる可能性を持っている。崩れてなくなっていく規則を追わない。崩れてもまた見つかる。大波 大海 と同じ。何もないと思えるところにナニカある。

・実はすべての人たちが、ちいかわ おぶんぐさん リラッくま ピカチュウ のような ゆるかわの顔と体つきをしてて、仮に いかついかっこしたり、かっこつけたり こわがらせようとしておどろおどろしいポーズをとってるだけかもしれん という あほな 空想とイメージが わいた。身近に ちいかわのキャラを おいておくといい。ときどき、そんなかわいらしい奴らが 話しかけてちょっかいかけてくる。

・松田先生の松田プランについての本を見つけて即買い。

 

 

今読んでる。

松田プランって 何なのか どういうことなのか、きになってた。

よんでわかるのかどうかはわからんが、出会えた。

 

同時に、以前見かけてどうしようか迷ってたこの本

限界国家 も購入

 

 

一日で読了。読んで知ってみないとわからないものだ。意見は聞いてみないとわからないものだ。

小説だからと馬鹿にできない。SFだからと無視はできない。小説だからこそ 自由に本当のことを言えるのだろう。

議論に議論がしつくされていて、本当にわかりやすい。未来は見えないけど、見えない未来に対しての行動の意図は 自分で 決めることができる。

 問題とみられていることが 本当に問題なのかどうか という視点に触れることができるから 小説は いい。

 

自分の考えていることが はたして自分の考えなのかも疑わしい。考えさせられてるだけ。思わされてるだけかもしれない。他者の提示する未来に違和感を感じたら、違和感のほうを信じる。どこに違和感を感じるのか。未来の提示にどう反論するのか。わからんことはわからんままで、おいておく。そのまま信じることはしない。結露も出さない。決めつけない。

 体力、筋肉、食。語学。

今 興味があるのは これだ。食は 粗食になればなるほど 健康になるというのが 身をもって体験中。ミトコンドリアとか 腸とか 知らんことのなかに 未来がある。

 

・この本を買ったときに偶然見つけた、コーナーにあるべきではない 元に戻すのを忘れて置き去りにされた 本の栞が挟まれたページにあった文言に 惹かれる。

”そのときそのときに、どういう反応をするかで、決まる”

全然こんなんじゃなかったけど、こんな感じの表現。思い出せん。タイトルも度忘れ。気になって本屋を一周してまた戻って立ちよみしたのに、この程度か。

 

 

・今 生じた思いと、それをどう動きにしていくかの行為の2つ。

これをどうしていくかが決め所。選択の時。思い 念 があって、恨みで 動くのか、理解して 愛にして返していくのか。 これだけをやっているのだと認めてしまえば、日常の諸々が すべて実践になる。

 

・限界国家という本に 夢も希望もなかったけれど、そういうことを考えている人がいるとしるだけでも良かった。

 ナニカをしったからいいとか、何かがわかったからどうだとか、そう判断した時点で、思考停止と責任放棄になる。思考してなにかわかるというのでは泣けれど、この自分の今の行為がどうなっていくとすばらしいかを 思いながら、少しでも気が楽で 元気になって 過去にとらわれないで、未来を明るくしていくというものにしていきたい。

 

 現状、ナニカがあったとしても、それでどう返事し どう反応し、どう行動していくかを決めるのは自分。 なんて、そんな立派なことは できそうにないが、すこしでも元気が出て やる気が出ていく方向へ行く。

 しばり苦しめているのは、自身が下した結論と行為を 反省し 振り返り、もっと違う言い方をすればよかった ああ言い返せばよかったと 反省する念だ。

 言ったこと やったこと しでかしたこと を全肯定。開き直りだという2念は、2念。

 冬至の直前に、自分にもどって振り返って 自分と対話して、あたらしく生まれ変わることを決める。

 

・責任をとれ!と 言ってくる人は 他人の顔をした自分自身。 想像にたいして想像で 妄想で戦うから疲れて 妄想が妄想を生み、居もしない敵を作る。

 

 

 

・よし。 また昨晩から掌に湿疹が出てきそうだったのを、気合と解放と 深い理解と自己認識で 静かに炎症を治していくことができた。

 




何あれ?



















空見て歩いてるのは、

自分だけ。

見つけて消えるまで、一分。


ついてる!

運がいい!

良いことありそう!



・見張る 監視するのは 思考。

自分を貶め、贖罪のために自らを傷つけて落ちていくことで、こんなに苦しんでいますよ!と誰かにアピールしようと始める思考の乗っ取りを 見張って監視。見つけたら、理解して解消。放つ。離れる。

・同調して理解共感して(?)同じように苦しんで(?)、苦しむさまを周りに見せつけることで 周りからの攻撃を避けようとする思考を 見抜く。そうしている自分を眺めて隣によりそって自分を見て、そんな情けない悲しい寂しいことをしてしまっている自分は、理解して抱きしめて、もういいよ、もうやめていこうよと声をかける。同じように落ち込め 苦しめ 痛みを受け入れろ!と攻めてくる ように感じる思考の念(?) も 見抜く。

・自分が勢いよく 調子よく 元気にいようとすると、それを留め足をひっぱり引きずり落とす思考。思考の出どころはどこだ。他か。自か。両方か。分析は1秒。

・過去の誰かの「どこの馬の骨ともわからん」と 面と向かって言われたときに感じた怒り。これを私自身が素直に受けて奥の思いを理解して 反発反抗でなく愛で返していけるようになるまでは、なんども何度も、こういう念とイメージが繰り返されていくのだろう。同じイメージが出て 同じ反応をしなくなった時が 卒業 解消 解放の証明だな。なかなかできんけど、と、言い訳する意識も含めて愛にしていく。愛にしろ 愛にしろ

 愛に返せと 何百回も何前回も ゆにこさんに言われてるか わからんくらい。よくそれだけ 言い続けれるものだ。本気の人だからだな。ありがたい。

 自身のどうしようもない反応を 0.1秒で愛に返していくために 日々の暮らしだな。これを頑張るというのだ。これを監視して見張って 流していくのだな。私がこれをまず なんとかしていくことで、見えている世界がぐるっと変わるのだと確信して信じて実行しろ!と 何度も自身の本質から 言われてるのだ、と感じる。

・誰かの文、本、解説、説明、動画で 学んで腹に落ちていくのではない。全部自動で出会う モノ こと 本 声 映像が 今の自分に必要なことを順に伝えている。伝えていることを素直に聞く。聞いてアウトプット。違うと思ったら、違うと思うと 言う。

・すべては 自分の表れであると 知っておけば、衝動的な怒りと反発は生まれない。2日会えによんだ「輝きの七日間」も いい刺激になった。今読むために出会った。

・自分をいじめ苦しめ貶めてるのが自分自身であったと 諦めて 受け入れる。すべては自己責任だというのはこの点のみ。受け入れて理解したら、立ち上がり 立ち向かい、貶め傷つけ 泥沼に安住しようとする執着念を 洗い流す。

・洗うというと、泡ソープ洗剤は 皮膚のうるおいも 流すので自分には合わない。昔からある「雪印石鹸」で 洗う。石鹸で洗うと しっとり感は 残る。

 

・書いて出して表出して、終わらせる。表出して出したら 終わり。終わる。飛んで行ったプログラムデータを、拾って反芻しない。

・あああ!なるほど。拾って 反芻してたんだ! 終わったプログラムデータを また拾いに戻ってた。 だしてもまた出てくるのは別のものかもしれんけど、拾いに戻るということを、思い出してイメージして 怒りを再現するということをしていたことにこそ気づき、やめるべきなのだ。争いの元は 自分だったというのは これだ。見つけた。終わり。

拾い食い禁止やな。 落ちた念を 3秒ルールで拾ってまた口に入れて食べるのは バッチい 汚い。

決意表明終わり。

・12月18日から年末まで、どんどん よくしていく。もっと稼ぐ。豊かになっていく。その過程で触れる接する周囲の存在すべてを祝福して敬意を表わして、ともに栄えていく。

・他人はいない は 真実。

 

惹かれて買ってしまったが、ほとんど理解できない。

数式はなんとなくわかるところもあるが、びっくりする事実がさらっと書いてあって驚く。

「化学反応は、原子の中の電子の軌道がかわること」

「質量保存法則は嘘」

まだ28ページなのに。面白すぎて 刺激的すぎる。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

これも 面白い。

何がどうなってこうなってというのは ないのかもしれん。

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 

 

 

普通に国会中継全体を見ていくと、

敵対してるのか、手を組んでいるのか どんどん転換が起こっているように見える。

話したことの表面では感じられない、奥の意図があるようだ。

相手を立てながら批判せず、受け入れて、そのうえで意見を述べ、

こちらが言いたいことを相手に言わせて言っているようだ。

そうすることで、敵が味方になっていき、実は全体のために皆協力して動いている・・・・というのを見せてくれている。

と感じた。