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ドクタードルフィンのブログ

医師による、宇宙で最もハッピーで元気で健康なあなたになるシークレット

地球は生きています。意識をもっていて、常に調和ある美しい存在でいようとしています。今回は、その視点で、ある事象を見てみましょう。
いま、西アフリカで、「エボラ出血熱」感染が広がり、死者は1000人に上っているようです。この感染症は、エボラウィルスが引き起こすもので、致死率が極めて高いものです。
世界保健機構WHOや日本政府は、感染拡大の防止に躍起になっています。
私は、この世界や日本の動向も、今の汚れた地球社会の姿を良く表していると考えています。地球意識という観点からいえば、その地域に存在する人間の数を減らし、環境の調和をとる必要があるわけです。つまり、そうしなければならない環境に、人間がしてしまったわけです。例えば、自分たち人間が生きていくために、植物や動物の多くを犠牲にして、地球環境を崩してしまっているわけです。地球意識は、自分である地球を存続させるために、やむを得ず、人間数を調節せざるを得ないのです。今の地球社会を肩書きだけで代表している薄っぺらい政府や機構は、この最も重要な点を見落としています。
だから、原因でなく、結果である症状(この場合、人間の感染死)だけに目が行き、それをクスリで抑えつけたり、人間の渡航行き来を制限するという、医療でいう薬や手術である、表面をごまかすだけの現状になっているのです。
地球人の皆さん、特に、国や世界を統率する肩書きのある人間たちは、どうか、もっともっと、大きな視点で現象をとらえてください。地球がもがいています。
地球をいたわる事ができれば、人の生命を奪う感染症はなくなっていくでしょう。
「自殺」というテーマは、最も重い、困難なテーマのひとつです。
一昨日の5日、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター副センター長の笹井芳樹氏が自殺をしました。
笹井氏は、STAP細胞論文における小保方氏の指導者であり、再生医療において世界的に高名で優秀な方でした。
私は以前に述べたように、自分自身の診療経験から実感していることですが、人間細胞は必要に応じた「初期化能力(既にある細胞の特質を一旦消去し、何にでもなりうる純粋な源の細胞に戻る能力)」と「再生能力(必要に応じて、その環境に必要な細胞の形態・性質に変異すること)」を、生まれつき持ち合わせていると考えています。今回のSTAP細胞実験では、身体の体細胞に弱酸性の環境刺激を加える事により初期化が得られたとしていますが、私自身は、この初期化や再生への指令は、神経を通り道とする、最も繊細な「人間の叡智(生まれ持った全てを起こしうる潜在能力)」によってなされると理解しています。いずれにせよ、小保方氏が笹井氏と共に示そうとした生命科学の本質は、真理に極限無く近いものであると私はとらえています。
だからこそ、今回の笹井氏の死は、本当にショッキングでした。
これも私がいつもお話しする事ですが、「死」というものは、どんな形にせよ、死んでいく本人自身が『死ぬ」という選択をする事によって起こるものです。これは、病気にせよ、老衰にせよ、不慮の事故にせよ、もちろん、今回の自殺にせよです。この宇宙のエネルギー原理において、意志(作用するエネルギー)なしに何らかの事象が起こる事はあり得ません。死に関しても同様です。
さらに、人間にとっての、死を含めた全ての魂の選択は、自分自身もしくは周囲を向上させるための要素を必ず含んでいます。自殺という、生命に対する「悪」ととられるものであってもそうなのです。
そうならば、今回の彼の死は、彼にとってどういうものであるかというなら、それは彼が、魂レベルで、科学者として人間として自分を見つめ直し、リセットする機会といえます。また、周囲の観測者である我々は、彼の死から何に気づき、何を学ぶのでしょう。
それは、権威を求めるがために生命真理の重要なものを汚してしまうという、人間の権威に対する愚かさです。権威や利権のために追求される真理は、真理からいずれ遠ざかってしまいます。逆に、青森の無農薬リンゴを成功させた木村氏のように、私利私欲でなく、純粋に真理を追究する姿を、この宇宙は応援するのです。
人間生命を扱う科学や医学は、権威や利権のために用いてはいけません。地球人類の「笑顔」の為に成り立つものなのです。
今回の事件は、大きい大きい私たちの学びでした。
「結婚」は人生の大きなイベントです。これについて、心を引かれる記事がありました。
このたび、小学館は国語辞典「大辞泉」編集部は、「あなたの言葉を辞書に載せよう。2014」キャンペーンで募集した語釈のうち、デジタル版に収録・公開するものとして、厳正な選考にて選出されたものを発表しました。
言語は「結婚」「青春」「お金」「涙」「戦争」「イケメン」などの10個が対象になりました。私のこころは、「結婚」の定義が気に入りました。
『互いの「空気」になること』
これは、今までも、いろいろな場面で言われてきたことですが、このように、公式な掲載となると、改めて、面白さと奥深さを実感しました。
「空気」はなくてはならないもの、しかし、あるのが当然とされ、普段は有り難みを忘れられています。重要なものですが、決して、空気自体が自己を主張することなく、煩わしさを生み出しません。言ってしまえば、お互いが空気によって生かされているのです。なくなってしまえば、体と心、そして魂が苦しみます。
改めて、夫婦は「そうであるといいな」と想いました。
見返りを求める関係は美しくないです。自然でないです。そして、結局は、大事なものを失います。空気のように、存在するだけで有り難い存在になりたいものです。