無理めな仮説も繰り返し主張されると、その可能性もなくはないかと日和りガチなのもヒトの心理。上の記事のように、並列に描かれている奪還作戦と野崎の尋問が、実際には時間軸が異なる可能性も、(視聴者を騙すだけの作劇ならヘボいが)あり得なくはない気もしてまあいた。ただ、Dailyさんが自画自賛している「大発見」が、ミスリードにまんまとハマっただけの勘違いにも思えます。Dailyの記事は、野崎がシャキ城で尋問されている事を前提としていますが、それ自体も誤っいる可能性が高いです。根拠は19話の(TVer動画では)18分頃の場面。

 樊は、シャキ城の拷問部屋で別班の口が堅い事を確認した後、自分の執務室に戻り工作員等へ連絡します。尚、14話で樊の執務室はXinxi本部の地下3階にある事が明示されています。つまり、車移動の描写が完全に省かれてはいますが、樊は奪還作戦が始まるかなり前の日昼の時間帯に、シャキ城から1本道を通ってXinxi本部に戻っているのです。なのでDailyの記事では、劉や野崎と共に夜中にアゼルバイジャンに向かう際に、Blue@Walker等が一本道を通る彼等の車を検出してない事を「大発見」としていますが、そもそもその道は通っていないので検出されようがないのです。
 15分40秒頃に、樊が監視室に入った後、車でシャキ城に向かう描写も省かれているのも、不親切かもしれません。ただ、15分40秒頃のドアを挟んだカットの切り替わりは、意図的と思われる程不自然なので、制作側はミスリードしたつまりはないのかもしれません。それでも、Dailyさんと同じく野崎がシャキ城に居ると騙された視聴者も、それなりに居そうです。

 ということで、上の記事で時間軸のズレを主張していた根拠は、なくなったと思います。


時間軸のズレに意義がある作品

 自分にとっても、綾辻行人先生は学生時代のアイドルの1人で、叙述トリックにハマってました。中でも「時計館の殺人」が好きで、ミステリとしては珍しく複数回読みました。動機がトリックに必然性を与えているのが白眉です。 また「君の名は。」の様に、時間軸がズレが肝になる作品もありますの。中身が入れ替わった2人が、実は異なる時間軸に居ると気付く事が、後半の救出劇や切ない再会につながります。 だから、時間軸を乱すのが義務みたいな C Nolan 作品で明示的に時間軸をズラすことや、館シリーズの様に読者が叙述トリックに身構えている作品なら別にいいんですが、VIVANTのような理詰めな作品で、断りなしに時間軸を偽るのは、演出手法としては狡すぎる気がします。