Blue Moon アカデミー賞で、E Hawkeが髪の薄いオッサンになりきった映画の存在を知り、どうしても観たかった本作。嘗て「Paris, Texas」を勧めた女性に「男がだらしないだけの話じゃん」と突き放されたが、多くの観客が同じ感想を抱きそうな映画。ただ自分は、主役が絶頂期の作曲家だったら、嫌われ者の脇役に追いやられそうな人物に当てられたスポットライトが、切な過ぎて涙ぐみました。


🖱️ここからネタバレ (ネタバレが致命的な作品ではないですが)  主人公 LM Hart は見た目や年齢ばかりでなく、品のないjokeや持論を絶え間なく喋り散らす嫌な奴。1年前(1942年)までは、後にアカデミー賞、グラミー賞、トニー賞に輝く作曲家 RC Rodgers と共作する作詞家だったが、精神状態の悪化でコンビを解消されたばかり。自分が外され、Rodgers が新たな作詞家OGC Hammersein IIと共作した Oklahoma! には不満たらたら。Hammersein の前では取り繕うも、Rodgers には「大衆迎合だ」と本音を隠さない。
 映画だと、Hart は天才作曲家に捨てられた哀れな負け犬に見えるが、Wikiには世界恐慌時でも年$6万稼ぎ、今も歌い継がれるスタンダードを複数作詞しているので、印税で食うには困らなかった筈。確かに Rodgers は天才だが、Hart の作詞力も当時から高く評価されていた為、新たな作曲家とコンビを組めば、新たなヒットも残せた筈。抱えていた鬱傾向や飲酒癖が対人関係を拗らせさせ、同居していた母の死後、酒を浴び肺炎で亡くなった。
 Hart は、20歳のブロンド美女Elizabeth(本作のキッカケになった書簡を書いた実在の人物)とのデートを心待ちにするも、どうも彼女にその気はなさそう。ただ Elizabeth の前では、いつもの辛辣さや一方的なお喋りは引っ込んで、甘い言葉で気を惹こうとする姿は切なくも哀しい。見処は、終盤に交わされる彼女との語らい。Hartが恋心が本気なら、聞きたいんだが聞きたくないんだが、よく分からない赤裸々な告白。悪びれず話す彼女に、Hart への深い信頼感じるが、放たれる「愛してる、貴方とは違う意味で」なる会心の一撃。Hartから天職ばかりか、愛しい人まで奪っていくRodgersを見つめるHart。「彼女はいつか自分に振り返ってくれる」の言葉も虚しく響くが、直ぐに辛辣さを取り戻し、バーの店員相手に喋りまくる姿に非モテ男の意地を感じた。
 本作の解釈を難しくさせているのが、Hartの性的指向の不明確さ。映画の中でもwikiでも、周りの人間は彼が同性愛者だと確信している模様。一方で、映画で描かれたHartの女性への思慕も、嘘には思えなかった。だから可能性は3つある。
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1. 同性愛者と自覚した上で、女性の美しさを愛した

2. 自分を同性愛者と認められず女性を懸命に口説くも、相手に見透かされるのか、高嶺の花ばかり狙うので、成就しない

3. 異性愛者なのに、高嶺の花ばかり狙い成就しない

1なら Hart に肉欲は無いので、相手に本命が居ても、時々自分がかまってもらえれば満足かもしれない。3もフラれ続けるのは辛くとも、20歳以上年下の相手ばかり口説いていたらフラれ続けるのも必然なので、あまり同情できない。とびっきりの美女じゃなくても、彼の才能を愛してくれる相応の相手を選んでいたら、小さいが孤独ではない幸せを得られたであろう。最も哀しいのは2で、実際には女性に肉欲を抱けないのに、Trophy wife を得る事で男性性を満たそうとしていたなら、彼の「Blue Moon」は永遠に輝かなさそうで哀しい。