上記の動画で、町山智浩さんが「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の宗教的背景と、ついでに「教皇選挙」に纏わる誤解を解説していますが、明らかな "こじつけ" と誤謬が含まれているので、備忘の為に記します。


  Andy Weir は不可知論者

Prj Hail Mary Andy Weir が自身を不可知論者(Agnostic)と明言したとの証言が散見されます。不可知論とは、神の存在を肯定も否定もしない考え方。存否を証明する方法がないのなら、とりあえず積極的に批判も依存もしない態度。彼が物理学者の父のもとに生まれ、15歳からプログラマーとして働き始めた経歴からも、その姿勢は頷けます。プログラミングは極めて論理的な作業で、論理を丁寧に積み上げないと完成できません。ある程度の論理の飛躍は、日常的な議論では許されても、プログラムではbugになるだけです。Andy Weir が、処女のまま妊娠したとか強弁するような教義を、鵜呑みしてる訳ありません。不可知論者ですから、論理的に有益と思える教義もあるでしょうが、理屈なしに押し付けられる道徳感には、反発したいものも在るでしょう。ですから、"Prj. Hail Mary"の執筆のために、聖書から直接引用しているとは考え難いです。
 仮に、聖書から意識的に引用していたとしたら、それは敬虔な信仰故ではなく、キリスト教徒が多い文化圏で理解されやすくする工夫(偽悪的に言えば商魂)でしょう。


  Rockyの元ネタは有機化学的発想

 町山さんの基督教噺で一番こじつけが酷かったのが、Rockyの解説。SF好きの常識として、地球では炭素(C)を骨格とした有機物(糖や脂肪)が生命を構成していますが、宇宙にはケイ素(Si)を主体にした生物が居るかもしれないという仮説があります。ケイ素は炭素と同じ14族であり、最外殻電子数が4つで、4つの原子と共有結合を形成できる点が炭素に似ています。かなり高温の惑星では、炭素よりケイ素骨格が適している可能性があります。SFでは、Isaac Asmovの古典「The Talking Stone(もの言う石)」(1955)等に登場します。なので、Rockyのネタ元を聖書に頼らずとも、SFでは割と擦られたネタなのです。


ケイ素生物が登場する主な古典SF
・Rosny JH (1888) Les Xipéhuz『シペフズ』
・Weinbaum SG (1934) A Martian Odyssey『火星のオデッセイ』
・Asimov I (1955) The Talking Stone『もの言う石』
・Coon GL (1967) The Devil in the Dark『怪獣ゴーンの洞窟』(StarTrek TOS S1#25)


  白人文化に根付くキリスト教

 ただ、Andy Weirが敬虔なキリスト教徒でなくとも、彼が成長過程で親しだSF等のエンタメの中に、聖書の直接的な引用も、間接的に影響されたplotや展開や表現も沢山在った筈。それは、日本人が仏教や道教や神道が入り混じった神仏習合の文化で育ち、幼少期に親しむ御伽噺にその影響が見られるのと同じです。そのため、自身のSF心を形成した愛読書やドラマ映画を発想の源とすると、自ずとキリスト教的思想の影響を探すことが出来るのでしょう。だから、町山智浩さんのキリスト教噺は、客観的批評と言うより、膨大な聖書の中から頑張って類似点を見つけて列挙した、一種の話芸として愉しむべきです。
 また映画には、監督・脚本家・美術・衣装・メイク等のスタッフが関与するので、冷凍睡眠から醒めた主人公がキリストみたいなのは、Andy Weir以外のスタッフの好みかもしれません。そもそも宗教画も、誰も見たことが無いキリストの絵も、腐る程存在します。町山さんが、いろんなタイプの絵の中から、持論の都合に合うものを選べた事も忘れないで下さい。


  「教皇選挙」は話し合っていた

Conclave 町山さんは、コンクレーベが話し合って決める会議ではなく、話し合う事なく投票する事を強調しています。ただ、コンクレーベの実態がそうであったとしても、映画では明確に「話し合い」が行われていました。暴徒が投げ込んだ物が天井を打ち破った後、直ぐに投票されたかのように説明されていますが、それは明確な嘘です。映画では、誰を教皇にするかこそ直接的に話し合いませんが、教会が反対分子にどう立ち向かうか、喧々諤々の議論を交わした結果、誰が教皇に相応しか、みんな気付くというプロットでした。だから、映画を語る際に「話し合いで教皇が決まった」と表現するは、事実に反してないどころか、寧ろ本質的です。