注:基本30年以上前の話です
どこの国へ行ってもバックパッカー達が集まるような安い宿がある。元々旅人向けに作られたかどうかは別にして、バックパッカーが集まってくる。殆ど欧米人。日本人が集まる宿もあればイスラエル人が集まる宿もある。イスラエル人はどこの国行っても多かった。イスラエル人、アメリカ人、西欧人、日本人、この辺が多かったかな。当時から日本人バックパッカーって僻地にも結構多かった。ちなみに猿岩石より10年近く前。
フィリピンで僕らが入ったホテルの部屋はドミトリーで、二段ベッドがいくつか並んでる。僕らの部屋にいたのは、中年の整頓好きなアメリカ人、30歳?位のスウェーデン人のステファン(何故か彼だけ名前覚えてる)、僕のツレと別にイスラエル人が二人。勿論徴兵上がり。イギリス人のじいさん。確かデンマーク人?のイケメン。時期は良く覚えてないけど、この辺の連中が元々いたり入って来たり出て行ったりした。別のドミトリー部屋に日本人が一人か二人いた。ある日、ステファンが腹を壊してどんな薬飲んでも下痢が止まらなかったんだけど、日本人が持ってきた正露丸を飲んだら一発で治った。
正露丸恐るべし。
ホテルにいた日本人と飯を食いに街へ出た。彼はバックパッカーが長いらしかった。僕から見た日本人バックパッカーのイメージは、
「安くてうまい飯屋を知ってる」
一般に欧米人バックパッカーは大概安ホテルの安いコンチネンタルブレクファストとか現地の安いバーガーショップとか、現地人向けでもまあまあ安いそこそこの食い物は知ってるけど、日本人は大概、現地の人しか行かないような安い汚い(笑)食堂で「美味い」飯を見つける。そういう探究心?は日本人ならではだと思う。まあ、東南アジアって大概日本人にとっても飯は美味いけどね。ただ、慣れてないと最初は腹壊してステファンみたいになるかも。なので正露丸常備は必須?
彼に連れてかれた食堂はトタン屋根のボロボロの食堂。飯を食うとサービスで鶏がらスープが付いてくる。殆ど味しない。肉や野菜の煮たやつ、炒めたやつ、鶏モモなんかをパサパサの長粒種で頂く。確か、アルミのすぐ曲がっちゃうスプーンとフォークが付いてくる。現地の人は手で食う。飯食った帰りに聞いたんだけど、食事のお供の鶏がらスープが寸胴で炊かれてて、客が鶏モモを食い終わると、残った骨からご飯粒とかを手でペッペッと取って寸胴に放り込むらしい。
それは食った後に教えてくれてありがとう。
その日本人と歩いてたら、
「あ、今あそこに死体があったよね。」と言う。
「え?????」
「みんな跨いで歩いてた。」
「。。え??どこ?」
「あそこ」と後ろのほうを指差す。
わざわざ見に戻る事はしなかったけど。
マニラではけっこう頻繁にお亡くなりになられた方々がお転がりになってらっしゃる様で、皆普通にそれを跨いで歩いてくみたい。僕自身はその後も一度も見たことは無いけど。あるのかな?記憶に無い。