カフのブログ -8ページ目

カフのブログ

80年代終盤から順を追って経験や写真等紹介してます。ここ最近の旅行はいわゆるバックパッカーな感じではないので、海外旅行ジャンルに入れてます。

 そして、ついに溜め出しの日がやってきた。ツレのイスラエル人、名前も忘れちゃったんだけど(笑)、空港で待ち合わせて何ヶ月かぶりに再会した。やっぱ、ある程度知識や経験があるバックパッカーといると心強かった。フィリピンってのは、今でも変わらないと聞くんだけど、治安が悪い。マニラは特に。ただ、僕は海外デビューの香港が危険な匂いプンプンだったから、それからも基本的にずっとピリピリしてた。ポケットにはずっとナイフ入れてて、事あるごとにポケットに手突っ込んでた。(何も知らなかったからね。でも少なくともいざという時の危険回避や走って逃げる反応だけは早かっただろうとは思う)タイなんかは、今思えばもっと楽に人と接してたらもっといい時が過ごせたはずなのにと今になって思う。なので、常に危険を想定する癖はついてた。マニラの空港からのタクシーも危険だと聞いてた。特に夜は。一般に安いフライトって夕方とか夜着が多いと思うんだけど、その辺よく覚えてないな。

 みんなツレ任せで(笑)着いたホテルは、アドリアティコっていう広い通りをちょっと入ったホテル。フィリピンの人はほとんどカトリックらしいんだけど、そこのオーナー?のおばあさんは敬虔な信者で、厳しい人だけど、毎日一番最初に起きてホテルを丁寧に掃除してた。そこへ不道徳なユダヤ教徒と仏教徒が到着。時の政権は、マルコスからアキノになったばかり。すぐ近くでは政権交代の時に激しいドンパチがあったと聞く。ホテルから通りに出ると街の喧騒。近くにはいつも物乞いの子供がいた。足が無く、車輪のついた板に乗って、手を使ってシャーーーと走る。彼の様な子供は、物乞いの為に足を切られるとも聞いた。彼らは往々にして、明るい。最初に見た時はしつこく金を要求してきたが、金をくれないとわかると、すぐに放っといてくれる様になった。その近くには、四つんばいで歩くおじさんがいた。この人が怖かった。足の関節が逆になってて、よく四つんばいで通りを横断してた。がたいがでかくて、顔が怖い。遭遇すると、いつもすごい形相で睨みつけてきた。よっぽど僕が嫌われてたのか、日本人に恨みでもあったのか。。。このおっさんもそのうち無視してくれる様になったけど。最初は怖かったな。四つんばいで走って追っかけて来そうな勢いだった。
 ちょっと歩くとハードロックカフェがあった。でかいプレスリーの人形やらロックのポスターとか、外も中も派手な場所で、酒も飯も高かったから、1~2回入っただけ。ただここは、本物じゃないというか、HARD ROCK CAFEと勝手に名乗っているだけとの事。それよりも、別の場所で、有名なフレディ・アギラを見る機会を得る。
 

 元々マニラにはせいぜい1週間~10日以上いるつもりは無かったけど、色々あって、最初泊まったホテルとこの通り周辺のエリアはトータル2ヶ月近く居座る事になる。