消えた運転手①はこちら


それでもって、空港の駐車場に到着した彼からの報告によると、


車には全く外傷は見受けられず、ちゃんとスタートしたとのこと。 


まあ、そうだろうと思っていたが、


それでは、トランクの中身は、


と聞くと、まだあけていないという。



彼「やっぱり,あけたほうがいいのかなあ。」


私「うん、それは、もし死体でも入っていたら、万が一途中で警察にとめられたら、説明がつかないよ。やはり、第三者がいるところであけてみて、あなたは関係ないんだ、ということを確認してもらったほうがいいんじゃないの?第一、死体だったら相当に匂ってるとおもうから、確率は低いと思う。 (全く持って人事)」


彼「そうだよね、死体じゃないよね。じゃあ、何だと思う?」


私「ひょっとしたら、覚せい剤とか言うこともありえるよね。あとは拳銃とか。とりあえず、誰かの前であけて、変なものが出てきたら、すぐ警察に報告したらいいんじゃない?」


彼「わかった。あけてみる。」



そして。



トランクの中から出てきたのは。。。




なんと、




なんと、





なんと、





私が彼に送った、所有権移管証明、納税証書、車両売却証明、の一式ではないか。




こんな重要な書類を車の中に入れておくなんて、バカとしか思えない。だって、彼が車の持ち主であることを証明するのはこの書類以外にないからだ。車の代金の支払いも、現金決済だったし。 


というわけで、彼は一日かけて車を運転して戻ってきました。 



それで、戻ってきた車の中を、くまなく調べてみたのだが、車内は至って綺麗。ごみひとつ落ちていない。トランクの中も私の送った書類以外には何も入っていない。 グラフコンパートメントからはレストランのレシートが出てきただけで、車の持ち主の行方を見つける鍵になるものは何一つ出てこなかった。



一体、この車の持ち主は一体どこに行ってしまったのだろう。



しかし、この車どうしよう。。。




 



((>д<))


こんなことってあるのだろうか。


今年の春先、愛用していたBMWをもそろそろ5年落ちで、

飽きてきたので、新しい車を買うことにした。 


車のことは、よく分からないので、これは彼に任せることにしたのだが、

彼が言うには車を売るには、オンラインでうるのが一番効率がよく、

高値がつくらしい。


とにかく、彼の言うことをきいて、オンラインオークションに

出したのだが、彼の言っていたように、思っていたよりも

20万円も高く売れることになった。

買い手はテネシーに住む24歳の男性。


ここまではよかったのだが、その彼が車を引き取りにくるとき、

私の彼はちょうど出張中で、私が一人で引渡しをしなくては

ならなくなった。 この彼は、飛行機で私の住む街までやってきて、

車を運転してテネシーまで戻るという。


何時頃、こちらに到着するか、と聞くと夜の8時くらいになるという。


やはり、一人で夜、引渡しをするのは怖いので、隣人に立ち会って

もらったのだが、現れた青年は長身の美男子で、

非常に礼儀正しい感じのよい青年だった。


結局取り越し苦労だったわけだ。


ところが、忘れた頃の8月の末にピッツバーグの空港の警察から

違法駐車警告通知が届いた。

また人違いにちがいない、と

半信半疑で内容を読むと、

私が売ったBMWが駐車場に放置されているという。

かかれている車のナンバーも私が乗っていたときと同じものだ。


さては、あの買主、所有権登録をしていないんだな、

と思い、早速、買主に連絡をとることにした。


ところが、彼にうったメイルはもどってきてしまい、

携帯電話ももう使われていないという。

彼が、緊急の時に、とくれた友達の携帯番号も

知らない女性の番号に変わっていた。


仕方がないので、売買契約書と所有権移管証明書を

書留で送ってくれ、といわれた住所に、

手紙を送ることにした。


ところがそれも9月の末にあて先不明で、

戻ってきてしまった。


途方にくれた私は、ピッツバーグの警察に電話をかけて、

一体いつからこの車が放置されているのか聞くと、

なんと5月末かららしい。


ということは、この車の買主は、5月から行方不明になっているのだ。

なぜ、テネシーに住んでいる彼が、車をピッツバーグ空港に放置して、

そのまま戻ってこなかったのだろう。


確かに5年落ちの車だけれど、24歳の青年にとってはたぶん大金をはたいて、

買った車を、どうして3ヶ月しか乗らずに空港に放置したのか。

彼はどこにいってしまったのだろう。


警察側は、引き取りに来てくれないなら、廃車手続きをするが、

未払いの駐車料金とレッカー料金を払え、という。


それではいくらかと聞くと、



18万円だと。


とんでもない、゛(`ヘ´#)


と思いながらも、名義上は私の車のままなので、

払うしかどうしようもない。


警察に車の状態を聞くと、外傷はまったくない、という。


では、なんで?





ひょっとしたら、トランクの中に。。。。



ぞぞっ。((>д<))



というわけで、彼が、いまピッツバーグの空港まで、片道航空券を買って

車を引き取りに行っているところだ。 

さて、何が発見されることやら。


つづき。

さて、何が起こったか。


これはかなり年配のスタッフで、給与関係を一手に見ている女性だったのだが、急遽長期入院をしなくてはならなくなった。ということで、上長の私はあせりまくって彼女の代替アシスタントを採用したところまではよかったのだが、この彼女、入院の日が迫ってもぜんぜん引継ぎをしない。 


実は、この彼女、仕事を人に渡さない、という態度は長いこと徹底していて、社内でも問題になっていたのだが、結局彼女がいったい何をしているのが、ということがわからないため、誰も恐れて注意できなかったという経緯があったのだ。


確かに、彼女はよく働くし、残業もするのだが、文句を言わずにもくもくと、というわけでもなく、過去にも何度も、残業が多くて休暇がとれない、文句を言ったものだから、以前の彼女の上長が、アシスタントをつけてあげたのだが、結局仕事をまったく渡さないので、アシスタントを他の部署に回した、という経緯がある。かといって彼女の機嫌を損ねると、給与処理に支障が出る可能性があるので、周りは彼女を腫れ物を触るように扱っていたわけだ。


仕方がないので私が、引継ぎ事項のリストを作って、彼女と新しく採用したスタッフを呼びつけ、細かく項目ごとに何日までに引継ぎ完了を終えましょう、という合意をしたのだが、1週間たってもまったく仕事を教える気配がない。 一方、新しく採用したスタッフは、やることもなく暇そうにしているのだ。話を聞くと、いくら聞いても彼女は何も教えてくれないという。


彼女の入院の日はどんどん近づいている。 にもかかわらず、引継ぎは一向にすすまない。、痺れをきらして、彼女を呼びつけて、ちゃんと引継ぎをするように、きつく言い渡したのだが、表面上はニコニコして指示を受けるのだが、まったく行動に移さない。新しいスタッフが私に言いつけた、とでも思ったのか、新しく採用したスタッフと口をきかなくなってしまった。


途方にくれて、私は、彼女と再度話をして、頼むから引継ぎをしてくれ、してくれないと皆が困る、と訴えたのだが、またニコニコ笑ってちゃんとやります、という。 私がこの状況で入院されたら、仕事が回っていかないことを、どう考えているのか、と聞くと、驚いたことに、


病院からオンラインでつなげて仕事をするから大丈夫、


だと。3ヶ月も入院する大手術を受けるのに、病院で仕事をするなんて、とんでもない話だ。 それも、給与計算だぞ。 とにかく、おだててなだめてすかして、なんとか業務の引継ぎをしてもらおうと努力したのだが、結局どうなったかというと、引継ぎがろくに終わらないまま彼女は入院してしまったのだ。


こうなるとは、うすうす気づいていたものの、手順書もない作業を一手に引き受けるのは半端ではなかった。 私とこの新採用したアシスタントは、毎日地獄のような残業、週末も出勤して何とか手探りで給与の支払いを行ったのだ。 しかし、その新採用したアシスタントの努力の甲斐あって、この女が三ヶ月して退院して出社してくるころには、完全な業務マニュアルが出来上がり、オートメーション化できるものはすべてオートメーション化し、給与システムのアップグレードまでしてしまった。


そんなこんなで、私は彼女対して相当頭にきていたので、思い切って”チームワーク”に5段階で、




2 (努力が必要)





をつけてやったのだが、



逆切れ。




彼女がいかったこといかったこと。



受け取った査定表を握り締め、私のオフィスにどかどかと入ってきて、思いっきり仁王立ちになって私をにらみつけるではないか。


おまけに、怒りでカラダがぶるぶる震えているようだ。


ひえ~。



私が恐る恐る、



「査定見て怒ってるの?」 



とあほな質問をすると、



当たり前でしょうあんた、私はこの15年間ずっと給与関係を見てきてみんなが休んでいるときも休日出勤をしたり体調が悪いときでもわざわざ会社に出てきたり家庭を犠牲にしたり、休暇もキャンセルしたり、とにかく貴方なんかには絶対判らないくらいの苦労をしているのよ、新米のあんたは、そんなこともわかりもしないで三ヶ月くらい給与処理したからって、給与がわかったと思ったら大間違いだし、この会社の中で給与関係に関して一番よくわかっているのは私なのに、今まで誰もそこら辺をちゃんと理解しなくって、同期で入った人は皆マネージャーになっているのに、私は15年間とうとう主任にもしてもらえなくて、その上今度はこんな評価つけられて頭にきていないわけないだろうが!!!!!!!!



と一気にまくし立ててくれた。



ぶぶぶ。


まったく、本当にアメリカ人の自己主張には頭がさがる。



え、彼女に私はどう対応したかって?



話しましたよ、まあ、想像はついてましたからね。



「話はよくわかったし、もし私の誤解があったのなら、査定は変えるけれど、そのための条件は2つ。 ひとつは、私が貴方に何を期待していたか、それに対して貴方は期待に副えるため、どういった努力をしたか、書いて提出すること。 二つ目は、前の上長と話をして、彼女から貴方をなぜ14年間も昇進させなかったか、理由を聞くこと。 納得がいく回答が得られたら、査定は変えて、特別昇進の推薦をしてあげる。」


と伝えました。



もちろん、その後はなしのつぶて。



そのあと、どうなったかって? 


今年思い切って、その新採用したアシスタントを昇進させて、彼女の上長につけました。 


怒ってやめるかと思ったんですけどね。 彼女まだいますよ。 それ以来、残業はすっかりやめて、休暇もちゃんととって、仕事と家庭のバランスを取って仕事をしています。








ねえねえ、


皆さん聞きましたでしょ、あの石原真理子の暴露本の話。


何せ彼女は私と年齢がひとつ違いで、


若かりしころは、彼女の美少女ポスターがそこらじゅうに張られていたのをよく覚えているので、はっきり言って人事ではない。


彼女とうわさのあった、吉川晃司なんかも、結構かっこいいなあ、と思っていたし、


で、彼女の経歴をみたら、アメリカに留学のために、15年間住んでいたんですって? 博士号2つくらい持ってるんだろうなあ、15年も学生やっていた、ということは。 


それでもって、おまけに、やっぱり彼女は昔どおり、すごく綺麗なままなんだろうな、


と思ってネットで彼女の最近の写真を探したら、


なんと出てきたのは、


これ。








うそだろ~。



ちょっとさあー、これってないんじゃないの? がっかり。



昔はこんなに綺麗だったのに。






いったい何が彼女をこんなに変えちゃったんでしょうね。



15年間のアメリカ生活かなあ。。。



ぎくっ。

アメリカでは、例年のごとく、査定の季節がやってきた。


あーやだやだ。


世の中から査定なんてものがなくなってくれればいいのに、と思う。


まあねー、査定する側がそれなりに、部下の評価をするのは分かるけど、査定される側の自己評価、というのには、一体どのくらいの意味があるのだろう、と、私は常々不思議に思っている。 結局、自分が何をやりました、ということの売り込みなのだが、上長はそんなことはよく見ているし、いまさら書かなくても、と私は思うのが、決まりなのでそうはいかない。 まあ、やったことを書くのはともかく、それを点数にして自己採点しなさい、というのは本当におこがましくていやだ。


でも中には、こういうことになると、躍起になって自分の功績を褒め称えた論文を提出してくるやからがいる。 去年は、直属の部下に一人、とんでもないのがいて、この論文をレポート12枚くらいにして書いてきたやつがいた。もらったほうは、大迷惑。読むほうの立場も考えてくれい。 


まあ、途中でつかれちゃったので、結局は全部読まずに、評価のところに、



”簡略で明解なコミュニケーションを図る努力をすること”



と書いて終わりにしちゃった私も私だけど。


これで、真意は通じたかなあ。

何を隠そう、今年部の組織変更をして、直属部下の数を半分に減らしたのは、査定をするのがいやだったから、という以外の理由はひとつもない。(ばらしていいのか?)


一昨年の直属部下はなんと8人もいて、はっきりいって査定表を書くのに丸2日かかってしまった。今の会社の査定システムは、そんなに複雑ではないのだが、5つの一般査定科目と、職種による特別評価というのがあり、その上ご丁寧に総合評価、というのがあり、なんだかんだいって、一人につき最低でもレポート3枚は、ああの、こうの、と書かなくてはならない。


英作文が不得手な私には、はっきり言って


地獄。


その上、中には、例のlご丁寧に12枚も論文書いてくるやつがいるから、たまったものではない。


今年は部下を部下につけて、何とか直属を4人まで減らし、おまけにイギリス人のオヤジ部下がいきなりやめてくれたので、すごく楽になったのだが。


正直なところこんな理由で直属の部下を減らす、というのはなんだか間違っているよなあ、と思うのだが、最近私の関心は、自分が一生懸命働くということから、人にできるだけ任せて、いかに自分は楽するか、という方向に転換してきている。 もう、昔のペースじゃ仕事できない。


オヤジ病だなあ、これって。


昔は結構すごい残業をしていたのだが、最近は


私が帰らないと部下の貴方たちも帰りにくいでしょう。


とえらそうな建前を言って、さっさと家に帰っているのだが、


実は根気がなくなっただけ、という、まったくもって情けない話。



さて、私の怠けオヤジ癖は、いったん横においておいて、本題に戻るが、今年の難題は残った一人の問題児、うそつきほら吹き女である。これの評価をしなくてはならないと思うと、頭が痛い。


そういえば、去年も査定で、一人逆切れして、オフィスに乗り込んできたのがいたっけ。


あれは今思っても、結構すごかった。。。。


つづく

日本に帰れないカラダ


といっても


かといってアメリカ人になろう、という確固たる決心があるわけでもなく


まったくもって優柔不断な私。


通常は特に、アメリカの市民権がないからといって、不自由することもないのだが、選挙シーズンになると、アメリカ人に囲まれて仕事をしていると、選挙に行かないということで、結構肩身の狭い思いをすることがある。


そんなこんなで、米国の永住権をとって、12年ほどたつが、何度かアメリカ市民になろうか、と考えたこともあり、手続きを調べたことがある。


アメリカ人にになる、というのは手続き的には簡単で、永住権をもっている人は基本的には5万円程度払って、申請書を出し、市民権テスト、というのを受ければいいだけである。この市民権テストというのは、歴代の大統領の名前を覚える程度で、高校入試を経験したことがある人なら、ぜんぜん難しくもなんともない試験である (と、受けてもいないのにえらそうに言っている、むずかしかったらごめんなさい)。アメリカ人の家族がいたり、ちゃんと就職をして税金を何年か納めていれば、そんなに難しいものではない、と市民権を取った友人から聞いている。


では、アメリカ国民になると、何の得があるかというと、


1. 選挙のとき投票ができる

2. 裁判のとき陪審員にえらばれて、日当5千円くらいもらえる。(失業したらもってこい)年に何回選ばれるか分からず、変な裁判にかかると、一年以上拘束される場合もあるが

3. 徴兵される可能性があり、イラク市民の平和のために戦うことができる

4. アメリカのパスポートがもらえる。これを使うと、テロの人気の的になり、拉致されて一躍有名になることもありえる。

5. 連邦政府に就職ができる(地方政府は市民権を必要としないところが多い)

6. 日本語がたどたどしい言い訳になる

7. おお、もうちょっとで忘れるところだった。 ブッシュ大統領を"私たちの大統領と呼ぶことができる

8. 白いご飯にしょうゆをかけて食べても笑われない。

9. 世界地理・世界史をちょっと知っていると、尊敬される。

10.万が一、解雇された場合、だめもとで不当解雇で会社を相手取って訴えることができる。



あと、、、うーんちょっとこれ以上思いつかないなあ。 ほかに、なんかありましたっけ。


国民でなくても、年金は積み立てたぶんはもらえるし、税金が安くなるわけでもない。医療費も安くなるわけでもない。 唯一のデメリットは、永住権を持ったまま、海外に移住して2年以上戻らないと、永住権が剥奪され、もう一度ゼロからやり直し、というところ。こうなると、再度入国して、就労ビザを発行してもらえる勤め先を探すのは結構大変になる。 そのため、スウェーデンに移住したときは、移民局から特別許可をもらって、2年半の滞在を許してもらったのだが。


それで、いったんアメリカの国民になると、今度は日本国籍を放棄しなくてはならなくなる。これはちょっと大変である。日本の国籍はちょっとやそっとでは手に入らない。アメリカなんかだと、不法侵入した母親の子供でも、アメリカの土地で生まれたというだけでその子はアメリカ人となる。日本はそんなに簡単に国籍を渡さない。だからいったん放棄したら,取り戻すのは大変だ。


しかし、日本はどうしてこんなに国籍をもったいぶるのかしら。ヨーロッパは、二重国籍を認めている国がおおい。 イタリアやギリシアはそうだし、確かスウェーデンも近年法律が変わって二重国籍を認めるようになった。基本的にはアメリカは、二重国籍を禁止しているわけではないので、相手の国次第ということになる。


いつか日本も二重国籍を認めてくれる日がくるのだろうか。。。 取り合えず、今は選挙のたびに身を潜めて、様子見をしているところだ。 


アメリカ長期滞在組の皆様、この先どうなさいますか?








私が一番怖い、と思うホラー映画に


Omenというのがある。



20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
オーメン〈特別編〉


もう、今ではクラシックだが、


オーメンとは不吉な前兆、という意味で、


その映画の中で、


私が一番怖い、と思った場面は、


カメラマンが、撮った一連の犠牲者の写真を現像しているうちに、


犠牲者の体の上に、必ず黒い影が現れていることを発見し、


恐怖に恐れおののくのだが、


その中に、たまたま偶然取れてしまった、自分の写真が含まれており、


写真の中の自分に、例の黒い影が現れていることを発見し、


自分が次の犠牲者であるという運命を知る、


という、身の毛のよだつシーンである。


この週末、


そんな恐ろしい体験が、私たちの身にも起こったのである。


週末に、久しぶりにコロラド州から、彼の友人のスティーヴが訪ねてきたので、男の子


一緒に昼食でも、


と、近くのおしゃれなレストランで昼食を取ることにしたのだが、


土曜は12月にもかかわらず随分と、暖かく、


陽が燦燦と輝いていたので、晴れ


せかっくだから、


レストランのテラスで3人 男の子女の子男の子


まっぴるまっからマルガリータを飲みながら、カクテルグラス


楽しく冗談を交わしながら、


食事をしているところに、ナイフとフォーク


ベートーベンの"運命”をバックグラウンドに現れたのは雷


他でもない、


あの、悪名高き魔性の女、


彼の前婚約者”ウェンディ”ではないか。ドクロ



今の彼と、この彼女は壮絶な別れ方をした、と聞いている。どっちが悪かったかとか言う話は、別にしておいても、(まあ、大抵当人同士お互いに相手が悪いと思ってるものだから)、


彼らが婚約していた4年間の間、


彼女は3年間パラサイト生活を送り、

彼女が彼のクレジットカードを使ってえらい買い物をし、


支払いを怠り、借金をずいぶんのこしてくれていたのは、


彼と付き合いだして、しばらくして判明したので、


金銭的に非常にルーズな女だ、


ということは、私としても、確認ができていたのだが、


彼の友人や、家族の間でも、


一時は中小企業の社長をしていた今の彼が、この女と付き合い始めてから、


急激に金回りが悪くなり、


交通事故に3回あい、


盗難に2回あい、


会社を倒産させる(幸い、個人倒産までは行かなかったが)ところまで運が落ちた、


というのは、


有名な話であり、


ついこの間も、夜中に彼が悲鳴を上げておきるので、


何かと聞けば


この女が夢に出てきた、


というくらい、


彼にとっては、怖い怖い存在なのだ。


何が怖いか夢の内容を聞くと、


私たちが、結婚して新しい家に住んでいると、


なぜかこの女が、私の留守中に家に訪ねてきて、


「Drawingsじゃなくて、私がこの家に住むはずだったのに。 彼女じゃなくて、私と結婚するはずだったのに。 彼女のしている、婚約指輪は本当は私のものだわ。」


と、ヒステリックにモノをぶち壊しながら、


彼に復縁を迫る、


と言うストーリーだったらしい。


うわさでは、彼と別れてから、昔の彼を頼って、ジョージア州に移った後、


その彼とも破局を迎え、


今は、フロリダ州の母親のところに身を寄せている、


という話だったのだので、


本当かどうかグーグルで確かめて、


やっと一安心して、


もう、あの女に会うことは、


相当な偶然でもない限りありえない、


と半ば安心していたのに。


悪夢が現実になってしまった。


その上、


彼らが破局を迎えたのは、ちょうどこのスティーヴがコロラドから4年前に遊びに来ていたときで、


二人で遅くまで夜遊びしていたのに腹を立てた彼女が


ヒステリーを起こしたのが原因だと聞いている。


だから、何でよりによって、


それも、スティーヴが4年ぶりにコロラドから、わざわざ訪問してきたときに、


この女が突然出現したのか、


それも、何百件もあるレストランの、よりによってこのレストランに、


50席以上あるにもかかわらず、


なぜ隣の席に座ったのか、


まったく持って不気味この上ない。


薬指をチェックしたが、婚約指輪はしていなかったし、


一緒に連れていた男も


彼にしては少しオヤジ過ぎる感じがしたが、


きっとあの女に精気と金を吸い取られて、


若年寄になってしまっただけなのかもしれない。


この女が隣のテーブルに着いてまもなく、


燦々と輝いていた太陽は、厚い雲の裏に隠れ、


風が飄々と吹き始め、


あたりはすっかり薄暗くなってしまった。


まだ、午後2時なのに。


なんだか、


とても悪い予感がする。


やはり、このわきの下の街を一刻でも早く脱出しなくてはならないと思う。





アメリカにはいわゆるひとつの


Jock走る人


と呼ばれる種類の青年軍団がいる。これはどういう男性かというと、



スポーツ大好き

彫心が多く、超筋肉質(体脂肪10%以下)

オールアメリカンタイプのダークブロンド・ブルーアイ

性格はめちゃいい

規律ただしい

家族思い

友人が多い

気前がよい


とよいとこずくめの男性である。 では、見た目はどんな感じか、というとこんな感じである。




PatriotsのTom Bradyさま



と、ここまではいいのだが、


唯一の難点は


脳みそが筋肉でできている


というところにある。


何の所以か、今の彼のひとつ前の彼が典型的なJockだった。 彼は大学のバスケットボールで、結構よいところまでいったのだが、プロになるまでではなく、大学卒業後は普通のサラリーマンとして就職した。


出会いはもちろん、


スポーツバー


アメリカにお住まいの皆様にはおなじみの、巨大テレビスクリーンにあるとあらゆるスポーツ中継を映している、というあの手のバーである。これは、私が38歳で彼が32歳のとき。ちょっと年下だったが、外見は完全な私のタイプだったので、そんなことは無視恋の矢


こんなにハンサムで感じがいい男性に、


どうして彼女がいないんだろう?


と不思議に思ったのだが、そのときはラッキー!とおもって付き合い始めたのである。



しかし、しばらくしてその謎は解けた。



とにかく三度の飯よりスポーツが好きで、朝からバスケット、昼はビーチバレー、夜はバスケットボールかフットボール観戦。週末はハードコアのマウンテンバイキング。読む本は、メンズヘルス、ナショナルジオグラフィックアドヴェンチャー、サイクリスト。当然経済紙など読まない。当然、まったく同じ趣味と生活パターンをもっている友人がたくさんいる。


当然デートはすべてスポーツ観戦。


彼と付き合っていた一年間に


バスケットボール23試合

アイスホッケー12試合

野球5試合

アメフト5試合

ゴルフ観戦1回

テレビによるスポーツ観戦観戦毎週テレビ (はっきりいってデート中のBGM)


それも、二人きりというのではなく、常に彼の友人数人とその彼女づれである。


たまにはいいけどさ~、毎週末だよ。 はっきりいって疲れました。御両親にお会いしたのも、もちろんアメフトの試合。


いえいえ、料理もしてくれるいい人だったんですよ。


ただメニューはいつもスポーツ観戦用に適した、


チップス

BBQ,ぶーぶー

ハンバーガーハンバーガー

Pizzaチーズ

ビール。ビール


Jockのなかには女々しいワインワインなんか飲むやつはいません。レストランといえば、スポーツバーかステーキハウス。暴風雨でもない限り、映画に行くなんて,考えられない。一度せがんで近代美術館についてきたもらったのだが、30分もしないうちにそわそわし始める。


きっと


脳みその筋肉がうずうず


して、落ち着かなかったにちがいない。


さすがにこれでは、付き合いは続けられない。


お別れの決め手は、一生懸命チケットを手に入れた


パバロッティ ブーケ1


のリサイタルを断ったこと。


「あんなデブの歌聴いて何が楽しいんだ?」


だと。


きっと脳みその筋肉が拒否反応を起こすにちがいない。


しかし、許せん。



いまでも時々メイルがくるが、結婚もせずに同じような生活を続けているらしい。








アメリカの南部にはデブがおおい、という事実は周知のことである。


日本のデブ、なんかははっきり言って太刀打ちできない。 よく家からでられたなあ、というデブがいるのは大抵この地域である。


ではどのくらいデブが多いかというと、こんな感じである。 パーセントはその州の人口の何割が肥満のカテゴリーに入っているか、ということを示している。


Mississippi, with 29.5 percent

Alabama (28.9 percent),

West Virginia (27.6 percent)

Tennessee (27.2 percent),

Louisiana (27 percent),

Texas (25.8 percent),

Kentucky (25.8 percent),

Indiana (25.5 percent),

Michigan (25.4 percent),

South Carolina (25.1 percent)

なんと、3、4人に一人は肥満という、すごいことになっているのだ。


では何で南部はこんなにデブが多いか?それは、彼らが


何でもかんでもやたら油で揚げて食べる


という恐ろしい食習慣があるためだと思う。(食べる量も多いけどね)

サンクス・ギヴィんグの七面鳥も、オーブンでローストするのでは物足りない、と、丸ごと油で揚げてしまうという、とんでもないひとたちは大抵南部に住んでいる。 この夏、ロードトリップでオクラホマの片田舎のレストランによったのだが、野菜が食べたかった私は、メニューに揚げ物しかなくて、


「すいません、油で揚げてないものありませんか?」


と聞くと


ウェイトレスがいかにも”なんじゃお前ら、揚げたものが食えないって言うのか?”という態度ありありで


「ハウスサラダくらいね。」



というので、それを頼むと、しょぼいレタスの千切りの上に、油べとべとのクルトンが山ほど乗っていたものが出てきたことがある。ご丁寧にも、その上にはベーコンがたっぷり入ったランチドレッシングがこれでもかとかけられていた。



それもそのはず、彼らの食べるものといえば、


フライドポテトなんかははっきり言って序の口、油で揚げられるものは何でも揚げる。蒸し野菜とか、湯がき、などという調理法は彼らの料理本にはない。生野菜、なんてもってのほか。 では、どんな野菜を油で揚げるか、というと、


フライド・ズッキーニ

フライド・オクラ

フライド・オニオン

フライド・ピクルス(きゅうりのつけもの)

フライド・グリーントマト(まだ青いトマト)


といった感じである。前菜というか、おつまみですね。


まあ、このくらいなら許せる。 それでは、彼らはメインコースには何を食べるか?


フライド・キャットフィッシュ(なまずの揚げ物)

フライド・アリゲーター(わにの揚げ物)

チキンフライドステーキ。。。なんてものも常食となっている。


この南部特有のチキンフライドステーキというのは曲者で、初心者は、フライドチキンと誤解することが多いのだが、実はこれはビーフステーキを衣を着けて揚げ、そのうえに白いクリーム状の肉汁を使って作ったグレイヴィーというソースをどっぷりかけた、という恐ろしいものであり、これがすごい人気なのだ。ちょっと、日本人の食感では考えられない組み合わせである。


でも、まだこのくらいなら許せる。 それでは、彼らはデザートには何を食べるか?


この人たちはこんなものを平気でたべるのだ。


フライド・トウィンキー


要するに、小型のクリームドーナッツに衣を着けて油で揚げ、その上にチョコレートやらストロベリーソースをのっけて、粉砂糖をまぶしたもの。 






とか、



フライド・オレオクッキー(チョコレートクリームサンドクッキー)





とか、


フライド・スニッカーバー(チョコレートバーのなかに、キャラメルとヌガーの入ったもの) を平気で食べる。




食後のドリンクには当然、例の甘ーいSothern Comfortというウイスキー。 これまた砂糖が山ほどはいったセブン・アップで割って飲む。


おつまみは当然、


フライド・ポークスキン(ブタの皮を揚げたもの)である。



うえ、書いていて気持ち悪くなってきた。 ここらへんでやめよっと。


そういえば、ヨーロッパで一番肥満度が高い国は、イギリスで肥満人口は約23%らしい。 もうちょっとでアメリカに追いつくぞ。がんばれイギリス人。



実は今回の旅行で、ひょっとしたら今の婚約者とは、


破局ドクロドクロドクロ


を迎えるかもしれない、と思っていたのだが、逆に彼にとっては、日ごろから奇怪に思っていた私の


仕事中心の生活

心配性(彼と比べて)

事前に計画を立てないときがすまない

計画に柔軟性がない

人に気を遣いすぎて、リラックスできない


という習性が、実は私の日本人であるというカルチャーバックグラウンドということが、よくわかったらしく、すっかり私に対する理解力が高まったようである。 


というわけで、関係がすっかりよくなってしまった。ニコニコ


おまけに、 私たちの関係どころか、彼のご両親の関係の方が



相当危機に近い爆弾


ということが判明し、はっきり言って私と彼の問題などは些細なものだということに気がついたのである。


これは虫歯が痛いと文句を言っていた人間が、不治の病にかかっていることに気づき、つかの間虫歯の痛みを忘れる、


といった状況に近い。(ちょっと違うか?)


彼の父親が芸術家、というのはどこかで書いた記憶があるが、とにかくちょっと普通の人とは違っている。 とにかく、この芸術家の彼は、67歳とは思えないほど子供っぽく、大人としての自覚と責任感が完全に欠如している。一応、大学院を出て、大学で一時は芸術を教えていた、とは思えないくらいの子供っぽさ。  


一方彼の母親は、高校の英語の教師だったのだが、まったく彼の父親とはまったく正反対で、責任感が強すぎて、ちょっととっつきにくいところもある。 まったく陰と陽、水と油、アメリカと中国、よくこの二人が一緒にいられたのか不思議である。 最近頻繁に喧嘩もしているみたいだが、なんといっても45年つれそっているのだ。 お母様の方が引退してしまったので、顔をあわせる機会が多くなったため、お互いの気に障るようなことが増えたんだろう、と高をくくっていた。

しかし、今回の旅行で、問題は実はそんな簡単なものではないことが判明した。 


では、どのようにこれが判明したか? 


岡山の旅館で夕食をいただいているときに、彼のお父様がやたら、日本人のティーンの女の子のミニスカートの話をするので、彼がたしなめるように、


「なんで、そんな話ばかりするの。Drawingsもお母さんもいる前で。話題を変えようよ。」


というと、


「多分欲求不満なんだよね、俺。 何しろ下の娘が生まれてから、セックスしてないんだよね、俺たち。」



だと。彼のお父様はあわてて口を押さえたが、後の祭り。ちょっと、酒の飲みすぎで、口が滑ったか。



あわわ。 



げろげろ~。 思わずうろたえて、お箸落としちゃったよ~。 こんなこと食卓で言うやつがいるかあ? それに下の娘が生まれたのって、38年前だぞ。


ぞくっ。すごい夫婦関係。


この一件で、その後、お母様は一言もお父様と口をきかなかった。まあ、当たり前といえば当たり前。



おまけに岡山から東京への新幹線の中で、彼のお母様が、自分のだんなと一緒に座りたくない、といいだし、私の彼と席を交代して私の横に座ったのだが、ふと、真剣な顔をして、


「私の友達で80歳になってから離婚したカップルがいるんだけどね、子供とか孫とかがいたから離婚できなかったけれど、子供がみんな死んでしまったから、もう離婚しても悲しむ人もいないからといって、離婚を決めたんだけど、あなた、こういう生き方どう思う。」


と私に聞いてきたからだ。



そんなこと聞かれたって~。


結構やばいぞこの夫婦。