風守~幸せの場所~ 3、忘れたい夢、忘れてた現実
いつものようにノックも無しに扉をあけると、花に水をやっていたのだろう、
窓辺にいつもの少女が立っていた。
こちらに気がついて、こんにちは、と少し笑って声をかけてくる。
さすがともう俺の来訪にいちいちビクつくことは無くなった。
―――まあ、最初っからこいつはわりと冷静だったけどな。
目の前にある現実を素直に受け止めるヤツだと思う。
こんな塔のてっぺんに鎖でつながれているくせに、
その表情はいつも豊かだ。
しかし今日はその顔色がいつもより青白い。
「なんだ、今日は具合が悪そうだな」
「え?そうですか」
ここ8ヶ月木の実ばかり食べていたり、あまり動き回ることのできない環境のせいでもあり、
彼女は酷く痩せていて、体力も普通の人の3分の1くらいしかない。
だから、ここにくると大抵一時間くらいで疲れて身体を横たえるのだが、
今回はどうもそのせいだけじゃなさそうだ。目の下のクマが気になる。
「寝てろ。果物を持って来た」
「あれ、今日はアベルさんは一緒じゃないんですね」
彼女も特に反論せずにおとなしくベットに入る。自分でもわかっているんだろう。
彼女がベットに横になったところで、先ほどの質問に答える。
「ああ、途中で撒いてきた」
「撒い・・・?」
「今頃道に迷っているかもな」
「え?!」
「安心しろ、2,3時間もすれば来るだろう」
「そんなに・・・一体どこで撒いたんですか」
「国境付近、しかもフィルベス側だな」
そう言った所で、彼女の表情が止まる。
「・・・え、アベルさんって」
「方向音痴」
「なるほど」
彼女が驚くのも無理は無い。
この塔はウィングスタンの国境からわずかながらも見える位置にあるのだ。
後はその方向を頼りに道を探して歩いてくればいいだけである。
しかももう何度か来ている筈なのだが、彼はどうも道となるとわからなくなるらしい。
侵入者を排除するための装置がある国境を抜けてから撒いたので、
フィルベス兵に追われる危険は無いと思うが。
「なんとかなるだろ」
「ほんと・・・思いつきですね」
「うるさいさっさと寝ろ」
そう言って彼女の瞼の上に手を置いて強制的に目を伏せさせる。
ふれた瞼はひんやりと冷たかった。
「あの、」
「なんだ」
聞いてはみたが、いつまでも答えが返ってくる気配は無い。
「フィス?」
寝てしまったのかと思い、手をどけてその表情を見ようとすると、
うなされてたら、起こしてください、と弱弱しい声が聞こえた。
「うなされるのか?」
「夢と、現実の狭間にいて、・・・わからなくなるんです」
「何が」
「私、が、何か・・・」
そんな声がポツリと聞こえてきて、答えを返そうとした時には、
すでに寝息が聞こえていた。
「・・・」
―――フィス
フィス
やめて、私は、フィスじゃないっっ
―――フィス、自分でも名乗っただろう?
でも、
私は
わたしは
「知ってる。―――アリア」
はっとして目が覚める。汗が、額から流れ落ちるのがわかる。
その感覚が気持ちが悪くて顔をしかめていると誰かがその汗を拭ってくれた。
深く呼吸を繰り返して、気を静める。
「大丈夫か」
「え・・・」
声がしたほうに頭を向けると、そこにはいつもどおり無表情の皇子がいた。
手にはタオルを持っていて、先ほど汗を拭ってくれたのがこの人だと言うことがわかる。
「あ、りがとう、ございます」
「いや」
「・・・あの、」
「なんだ」
「・・・さっき名前」
―――呼びましたか、と聞こうとしたが、
でも彼が私の本名を知るはずが無い。だって、名乗ったこともないし。
ということは、あれは幻聴だったのだろう。
「名前が、どうかしたのか」
「いえ・・・」
「ひどいですよーーーファーーー!!」
その悲痛な声と、バンっという音と共に、扉が、・・・外れた。
「「あ、」」
「なんですか、二人して『あ、』って!!
その句読点の後ろに来る言葉わかちゃったじゃないですかぁーーー!」
―――いやいやいやいや、全ては気のせいですから!
『忘れてた』なんて、そんなこと思ってませんから!ねっ!!