大学のカウンセラーだったとき、
帰国子女の学生が相談に来た。

自信のなさを語る彼女がこう言った。


「アメリカにいた頃、友だちの親はみんな
自分の子どもをものすごく褒めていたんです。
でも私は、いつでもできないことを指摘されてばかりで。
あんなふうに親に褒めてもらいたかった」

 

私も、アメリカ人は自分の子どもをよく褒めると思っていた。
もちろん、みんながそうだとは言い切れないけれど、
割とそういう感じがする。

 

私の大学院の恩師も
自分の子どもをめちゃくちゃ褒めていた。
褒めすぎじゃないって突っ込みたくなるくらいに。

 

彼女は続けた。
「友だちのママとかが褒めてくれると
両親はそんなことないですよってすぐに言うんです。
謙遜なんですけどね。
そんなふうに言われたくなかったのに」

 

日本社会だと
自慢したり、褒めすぎたりすることは
あまりいい顔されていないと思うし、
褒められてもついつい謙遜してしまう。

 

でも子どもは
やっぱり褒められたいはずよね。


 

 

娘がまだ7歳の頃の、
ピアノの発表会でのこと。

 

たまたま夫の姉が遊びに来ていたので
一緒に見にいった。

 

日本のピアノ教室と違って
フランスの田舎の発表会は
かなりゆるい。
練習風景を覗きにいった感覚だ。

 

生徒たちも普段着だし
もっというなら
特にすごい発表もしない。
練習中のピースをちょこっと弾くだけ。

 

日本だったら
みんな着飾って
その日までものすごく練習して備えることだろう。

同じフランスでも
パリとかだったらもっとレベル高そうだけど。

 

でもフランス田舎のこのお教室の発表会は
はっきり言って大変レベルが低い。


そう日本人の私は思ってしまう。

 

しかもみんなめちゃくちゃ間違えたりしている。
誰も気にしない。
でも惜しみない拍手だけは送られていく。

 

私はそれを暖かく見つめつつも
自分の娘の時には

結構間違えてるなあーとついつい思ってしまっていた。

 

 

発表が終わった後
義姉は娘をものすごーく褒めてくれた。


アメリカ人ではなく、イギリス人だけど
結構褒めてくれた。

 

「とっても上手だったわ!
全然間違えなかったじゃない!」

 

娘がでもちょっと間違えちゃったよ、と
答えると


娘ラブな夫は
「そんなことない!1回だけしか間違えてなかったよ!」
と義姉に続く。

 

その瞬間私は
「いや、全部で6回間違えたよね」
と心の中で思っていた。

多分私が正しい。
普段、練習見てるのも私だし、わかるもの。
いつもよりも緊張していたんじゃないかなとは思ったけどね。

 

でも私も言った。
「よく頑張ったね。
みんなの前でピアノ弾くのって緊張しちゃうけど、
とっても上手だったよ!」

 

 

あなたは正しくありたいのですか?
それとも幸せでいたいのですか?


これは
奇跡のコースで学んだ質問で、
何かの時に私が
思い出したいと胸に持っているものだ。

 

義姉も夫もいっぱい娘を褒めていて、
娘は「1回」間違えたけれど、
頑張ったよねと嬉しそう。

 

そんな時に私が
「ううん、6回間違えたのよ、
練習をちゃんとしなかったからだよね?」
なーんて言ってしまったら

1回どころか6回も間違えたんだと
もっと落ち込むだろうし
どうせ私なんて、というネガティブな思い込みを
きっと作るはず。

 

6回間違えたという事実を証明すること
つまり
私が見たものが正しいと主張することなんて
全く意味がない。


それどころか、心にとっては毒でしかない。

 

娘は、義姉に
「堂々としていたわ!
一番上手だったわ!」
と惜しみない褒め言葉を与えられて
自信をつけているかもしれないのに。

 

6回間違えたとか、どうでもいい。
この発表会が、
娘にとって楽しい思い出になってくれたほうがいい。
 

娘が、「私って結構上手なのかも」と
根拠のない自信を持っているほうが
人生は得だ。

 

実は私たちはいろんなところで
正しくあろうと
無意識で動いてしまう。

 

失敗してはいけないとか
こうあるべきとか
色々な「正しい」思い込みのせいで
私たちは自分を縛っている。

 

正しくあろうとすることは
素晴らしいことのようであり、
必ず「正しくないもの」を作り出してしまう。

 

正しさを主張した結果、
「正しくない人」を傷つけてしまうかもしれない。

 

正しさを選ぶことで
幸せが感じられなくなってしまうことが実はたくさんある。

 

だから、幸せを選ぶ。

 

正しさを選ばないのは
意外に難しい。


正しくあることで、なぜか「表面的に安心できる」ので
私たちは正しくあろうとすることが
癖になっているのだ。

 

でも幸せは、本当の意味での「深い安心」をもたらしてくれる。

 

そんなわけで、私は
正しさを選びたくなる衝動に持っていかれずに
幸せを選ぶ練習を今日もしている。

 

幸せになりたいはずの私たちなのに、
気づけば「正しさ」に持っていかれちゃうって、
本当におかしいよね。

 


今日もお読みくださりありがとうございました!


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