エッセイを書きたい!とよく言っている、そんな私に
拙著『神さま、次のセリフを教えてください』のような
旅と心のお話をもっと読んでみたいという素敵なアドバイスをいただきました。

 

私にとって、旅をすることは、自分を知ること
そして自分の可能性を広げることです。
 

旅は、どこかに出かける旅でもいいし、
内側を探求する心の旅でもいいし、
私が学んできたシャーマニズムでいうような「変性意識」における旅も含まれます。

 

このブログでは、そんな旅を通して、私がこれまで学んできたこと
本には書けていないことなどをシェアできたら嬉しいです。

 

 

私の本格的な旅の始まりは、19歳。

最近の出来事のように覚えているくらいなのに
もう相当前のお話・・・
 

日本の大学を中退して、私はイギリスの大学への進学を決めた。
 

ヘルシンキ経由でロンドンに向かう飛行機の中、
私は隣になったビジネスマンとお話をしていた。
 

何のためにイギリスに行くのかと聞かれ
留学ですと答えた私に、

彼は今思い出すとまあまあ失礼なことを言ってきた。
 

「へえ、頑張ってね。あっちの大学を卒業するのは大変だからね。
卒業できないと、君は、高卒が最終学歴になるわけだ。
そうすると履歴書は高卒ってことになるね。
大学中退って書いたら、みっともないし、就活で雇ってもらえないからね。
少なくとも卒業と書けるほうがいいから」

 

堅実な同級生からは
就職や将来のことを考えていなくて甘いと言われたし、
どうせ泣いて帰ってくるんでしょと
別に仲は良くなかった同級生にも言われた。
 

そんなことを思い出しながら、
その時私は、頑張ります、
みたいなことを言ったのだけれど、
後からよく考えたら、なんだか失礼じゃないか!?

 

見ず知らずの人に言われることではないし、
大学の中退はみっともなくない!

 

例えば、私が仮に中退することになったとする。

 

それでも、私は自分の履歴書に中退までちゃんと書きたい。

・・・そもそも日本の履歴書は、ブランクを許してくれないから、
書かざるをおえないんだけどね?
(そんな私の履歴書事件もいつかシェアします!)

 

何にしても、その履歴書を見て、
日本の大学を中退、イギリスの大学も中退、ということを知った人が、
こいつは何をやっても中途半端なんだと決めつけるのは
とても短絡的で乱暴な結論だと思う。

 

幸いにも、私は卒業までなんとかできたけれど、
留学中、中退してしまった友人はいる。

 

それは経済的なことだったり、
勉強についていけなかったり、
いろいろ理由はあるだろうけれど、
でも、確実に言えることは、彼らがものすごく苦しかったし、悩んだということ。





 

自分が年齢を重ねた今。
 

もしも履歴書に、
日本の大学を中退して、さらに海外の大学も中退したという
その経歴を見たときに、私はきっと思うだろう。

 

日本の大学をやめてまで(やめることだって勇気がいる)、
海外に挑戦する勇気があったんだな。

海外旅行でも怖い人だっているのだから、
留学は相当な勇気が必要。

挑戦したけれど、でも、それを成し遂げられなかった。
悔しかっただろうな。

自分が一番自分を許せていないかもしれない。

だから今度こそ、頑張ろうと思って、新たな挑戦をしているかもしれない。


 

これは私が、海外留学を経験しているからこそ思えることだ。


経験をしていることで、
やっぱり見方が変わるし、
中退というその文字のなかに、
もっと複雑な心のストーリーも想像できる。

 

短絡的に、こいつダメだななんて、思わなくなる。

 

そういう深さは、順調な道にいただけでは
絶対に得られないものだ。

 

卒業することだけが価値のある経験ではない。
挑戦することが大事なんだ。

そしてその経験を自分の糧にすればいい。
 

自分の経験の価値は、自分で決めていい。
 

いろんな失敗や、葛藤や、遠回りは、
本人にとって一番辛いこと。

でもその心と向き合っているのであれば、
それはとっても豊かな経験だと思う。

 

それを知っていたら、
失敗だと思うようなことも、豊かさにしかならないと思う。

 

アインシュタインはこんな言葉を残している。

「失敗や挫折を経験したことがない人とは、
何も新しいことに挑戦したことがないということだ」


 

年齢を重ねていくと
挑戦する機会が減ってしまう気がするけれど、
豊かになるためにも
やっぱりもっと何かに挑戦しなくちゃね。



この記事は、3年前から毎週お届けしているメルマガからの転載です。
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