子供の頃から、

心配性の母親と、お金に苦労して怒りと不安を抱えた父親のもとで

育った方がいる。

 

彼女の両親は、

愛情はあっただろうけれど、

彼らの心配があまりに強く、彼らがその不安の世界の中に住んでいたために、

彼女はいつもひとりぼっちだったのだと思う。

 

 

私たちは、

過去への後悔、怒り、悲しみや、

未来への不安の中に入り込んで、

現在に生きることが苦手な生き物だ。

 

 

彼女の両親も同じ。

 

 

でも私たちは、

大人から、

今、この瞬間に生きることの大切さを教えてもらえることは

なかなかない。

 

 

それどころか、

本当は子どものほうが、そういう生き方ができているのに、

大人はそのことに気づけない。

 

 

 

彼女は

とても無邪気で、

青空に輝く太陽が美しくて眩しすぎることや、

雲の形が犬に見えることや、

お花を摘んでママに見せたいと持ち帰ったことや、

大好きなテレビ番組が見れなくて悲しかったことや、

お友達ができて嬉しかったということを、

その瞬間を、悲しみも喜びも味わいながら

生きることができる

素敵な少女だった。

 

 

 

大人はそばに、常にいるのに、

精神的には、

彼らが住んでいる場所と、彼女が住んでいる場所は

全然違う場所だった。

 

 

だからきっと、彼女はとっても寂しかったのだと思う。

 

 

彼女に見える世界はキラキラ美しかったのに、

彼女のその世界を

一緒に見てくれる大人は一人もいなかったから。

 

 

彼女は「確かなこと」をちゃんと知っていたのに、

自分のその確かな世界を、

大人が見えていないことに気づいてから、

徐々に、

大人の世界に入るようになったのかもしれない。

 

 

確かなものは、

彼女がその瞬間、そこで感じるもの、

彼女の内側にしかないのに、

彼女はその内側に自信が持てなくなってしまったから。

 

 

そして彼女は、

確かなものを周りに求めるようになった。

 

 

これであってるかな?

これが正しいかな?

私はどう感じたらいい?

みんなはどう感じているの?

 

 

 

安心したくて。

ただ、

これでいいんだと安心したくて。

 

 

 

 

彼女はずっと、安心感を求めてきた。


残念なことに、
両親は、その安心感をくれない存在だった。
少なくとも、
彼女が求める形では、
その安心感は来なかった。


だって、両親は二人とも、
不安の世界に住んでいたら、
安心感も、束の間で、
彼女にはどの瞬間が確かに安心できるものなのか、
わからなかったから。




大人になって、
彼女は、
今この瞬間ここに存在することでしか、
確かなものは見えないのだと知った。


そしてなぜ、
両親と一緒にいても寂しかったのか、
安心できなかったのかも理解できるようになった。



今、彼女は
自分が確かなものだと感じるものが、
内側からしか来ないことを知っている。


そして不安を感じてしまったら、
今、この瞬間に戻るように練習をしている。



確かなものは、
今この瞬間、ここに存在することでしか見えない。



過去に戻ってしまうのではなくて、
過去の経験から、信念を得て、
未来を心配してしまうのではなくて、
未来に希望が持てる状態。


そして、今、この瞬間を信頼する。



これがきっと確かなもの。
 

 

今日もお読みくださりありがとうございました。