スピリチュアルって、
結局のところ、
私たちの本来の姿に戻り、
地球で愛を持って生きること、なんだと思う。
不思議な力を持つ、とかじゃなくてね。
もうここ何年も、人にはあまり言うことはなくなったのだけれど、
実は、私は
オーラと言われるようなものが見える。
でも詳しく学んでいないので、それがなんなのかさっぱりわからない。
大学生の頃など、
自信がなかったからこそ、
私、オーラが見えるのよなんてバカな会話をよくしてた。
それこそスピリチュアルという言葉を誤解して、
目に見えない力があることがすごいことなんだと
そこに固執していた。
そして若い頃、一時期は
これをなんとか役に立たせられないだろうか?と
勉強してみようと思ったこともある。
もしかしたら
その部分を伸ばせるような学びはあったのかもしれない。
でも私は、そういう学びに出会えなかったし、
探しに行かなかった。
自分のセラピーを通して、
一番大切なものは、
目に見えないものがちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見えることなんて
どうでもいいことに気づいたから。
それとともに、
オーラがどうこうというのは全く忘れるようになってしまった。
たまにふと人のオーラを見ながら、
綺麗だなあ、素敵なエネルギーだなあと思うことはあっても
それがなんだとかよくわからないまま。
そんなことよりも、
愛を持って生きることができる人になりたいと
心から思うし、
それがどれほど大変な学びかよくわかっている。
目に見えないものが見えたり感じたりすることは
何にも特別なことじゃなくて、
直感などを通して、
誰でも得られるもの。
だいたいみんな、本当の答えは自分の中にある。
オーラが見えたとしても、
それをちゃんと扱えなければ、なんの力でもない。
スピリチュアルに生きる、ということは、
私たち本来のあり方、つまり愛や光として
自分や相手を見ることができることであり、
この地球で、
ちゃんと生きること。
誰かを介して聞く、なんだかよくわからない守護霊さんの言葉よりも、
目の前の大切な人の言葉に耳を傾けてあげることや
自分の心の声に敏感になるこの方が、とっても重要。
スピリチュアルな進化というのは、
この愛を育てていくことに他ならない。
それで私が大切だと思う4つ目のことは、
自分を許すこと。
誰かに言われたことやされたことが許せないとき、
心を成長させる学びのためには
相手を許すことを考えるかもしれない。
でも、
自分のことを許していなければ、
相手のことなんか多分絶対許せない。
相手を許すのは、
自分を解放するためだと言われている。
それは本当にそうだと思うのだけど、
でも、自分をいじめることから
自分を解放してあげることをまずしなくちゃね。
自分がその相手に対して怒ってしまっていることや、
その出来事を引きずっていることも
全部ひっくるめて、
自分に「そうよね」と言ってあげて
寄り添ってあげる。
それとは関係のない出来事で、
自分のことを大人気ないと思っていたり、
自分が我慢すればいいと思っていたり、
誰かに嫌われるのは自分の何かが悪いからだと思っていたり、
とにかく私たちは
心の奥底で自分のことを一番いじめている。
自分を責める声に耐えられず、
その問題を誰かにかぶせて
誰かを攻撃することもあるかもしれないし、
自分のことを必要以上に過小評価してしまい、
外に出ることをためらう人もいるかもしれない。
自分を許す。
自分を責めない。
自分に愛情を持って接してあげる。
具体的にいうと、
何か失敗してしまったら
「いいよ、いいよ、頑張ったんだから」
「いいよ、いいよ、あの時はこう思ったんだよね」
「いいよ、いいよ、だって 〜 だったんだから」
こうやって自分を慰めてあげる。
まるで小さな子供に接するように。
そうすると心が癒されて、
ただ自分を甘やかすのではなく、
必要な時に反省するだけの強さも育っていく。
自分を大切にすることは、
自分に愛を注ぐことだけれど、
その愛は時に厳しさも伴うことも知る。
大変だけど、愛に生きるための修行に取り組むみたいにね!
自分を許せるようになると、
相手のことも少しだけ理解できるようになっていき、
だんだん相手を手放すことができるようになると思う。
許さなくちゃいけない相手が大きいほど
その傷が大きいほど、
その人には
大きな愛という
パワーが約束されているんだと思う。
そんな自分のために、
まずは自分を許すことから始めてみよう。
今日もお読みくださりありがとうございました。
