私の両親は、結構心配性だった。

心配してくれるのは、愛情でもあるのかもしれないけれど、

私は両親の心配がとても重くて苦しかった。

 

 

親の心配というのは、日々の生活の中で

当たり前のように存在していたため、

私自身も

その心配症を受け継いでしまい、

特に自分の未来を不安に思ってばかりだった。

 

 

でも、

自分の思考が人生を作るのだと知ってから、

心配することは、

自分が望む人生の邪魔になると気付き、

思考を変える努力を始めた。

そのかいあって、

私はめちゃくちゃネガティヴだったところから

割と楽観的な思考を持てるようになった。

 

 

けれども

私が変化しても、

親の心配症はそれでなくなったわけではなく、

心配しすぎて怒られたりしてしまうこともあった。

 

心配されるだけでも随分重くて大変なのに、

その上に怒られたらたまったもんじゃない。

 

 

もちろん

わかるのよ、

心配だけれど、自分ではどうしようもできないから

イライラしちゃうんでしょう。

しかも、

「なんとかなるよー」なんて言ってる娘を見たら、

何にも考えてなさそうで、

もっともっと腹が立つんでしょう。

 

 

何を根拠に大丈夫だというんだ!

って。

 

でも逆に

何を根拠に心配だというんだ!と言い返してやりたいくらいだよ。

 

 

心配っていうのは

とっても厄介。

あなたのために心配しているのよって言われても

冗談じゃない、本当は、何のためにもならないんだよ。

 

 

本当に、どれだけ心配してくれても、

それで私が幸せになるならともかく、

何にもいいことないんだから、心配するのやめた方がいいよ。

 

 

心配してくれるだけの愛情があることもわかるんだけどね、

心配するってことは、

私にはできないとか

私の未来は不安だらけなんて

思っていることになるんだよ。

 

親に、自分の未来を不安がられてしまったら、

子どもが自信をもって未来にむかっていけなくなっちゃうんだよ。

 

 

 

それに気づいた私は、

自分がまず自分の人生を信じてあげて、

そのうえで、

親の心配症にいっしょになって入り込むことをやめたら、

親の心配もとってあげられるようになった。

 

いや、こればかりは親の問題でもあるので、

本当に取り除いてあげられたかどうかわからないけれど、

少なくとも

勝手に、無駄に、私を心配させないようにはできるようになった気がする。

多分。

 

 

「私の人生なんだから、私が一番ちゃんと考えてるから

安心して。そんなことよりも、うまくいくといいねって思ってほしいよ」

と言って。

 

 

最近では、

私のほうが、親のためにお祈りしてあげられるようにもなった。

これからも元気で楽しくしていられますように。

 

 

 

 

心配することは相手に負のエネルギーを与えるだけ。

しかも自分にも負のエネルギーを向けてしまう。

でも、相手を応援したり、幸せを祈ることは

相手にエネルギーを与えてあげられるんだよね。

 

 

ワークに参加してくださる方にも

私のように、

親の心配の中で育った人が多く、

「心配するんじゃなくて、私を信じて」

とドラマの中で親に言ってみると

ホッとされることがある。

 

ドラマの中であっても、

親にそうやって言ってみることで、

自分の心にもこの言葉が届くから。

 

 

実は、

これは自分にも有効。

自分に対して心配性が出てしまうとき、不安がいっぱいのとき、

心配し続けても何の解決にもならないけれど、

お祈りして自分の心を楽にしてあげて、いい方向に導いてあげることができる。

 

 

大切な自分なんだもの。

心配するよりも、信じてあげたなくちゃね。

 

 

今日もお読みくださりありがとうございました。

 

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