ノンフィクションの絵空言 -21ページ目

ノンフィクションの絵空言

ストレンジドラマのボーカル白濱のブログ。

今日はなんだか風が強かったですね。

そしてとても冷たいせいもあり

もう4月というのに春めいてないのが

ちょっとじれったいです。


とまあ、春の待ち遠しさのあまり

ずっと気になってた小説をオンラインで発見。

「秒速5センチメートル」の小説版です。

僕がこのアニメーションが大好きだということは

もう何度もブログでも書いてますが

これはそのアニメーションの作者でもある

新海誠さんの小説作品です。


存在は知っていたものの

なんとなく映像が素晴らし過ぎるために

活字に踏み切ることを躊躇してたんですが

もう細部にわたり記憶するほど繰り返し見ているので

そろそろいいかなということで。


まだ途中までの段階ですが

映画のシーンと繋がる部分だったり

語られなかった部分であったりが

期待通りのかたちで見え隠れするのが嬉しいです。


残りは第3部の表題作「秒速5センチメートル」の

章だけなんですが、なんといってもこの章は

映像だとたたみかけるような回想シーンが多く

台詞等も語られていないところが多いので

ちょっとわくわくしています。


と、なんだか作品を知らない人にとっては

なんのこっちゃ?て話ですが、ぜひ僕の書いた作品を

気に入ってくれた皆様であればぜひ映画も見てみて欲しいし

またその逆も。映画をすきだと思ってくれた皆様にも

僕の書いた曲に一度触れてみてもらえたら嬉しいです☆


あ、そうそうタイトルは昨日替えた携帯です。

あわてて日本語で入力するとこう変換されますw


ぜんぜん知らなかったんだけど

すごく奥が深くて既にむちゃくちゃ楽しいです。


iPhone。


いpほね。




さきほどまで降ってた雨が止み

夜は静かなもんです。

小雨の降りしきる帰り道に

バイクだから視界が非常に悪いわけだけど

いきなり前方の信号機とか街灯とかが

消えたのでさすがに焦りました。

警察官とか道路に立ってたけど想定してないので

まったく見えてないし危うく轢きそうになりました

なんとかならないもんなんだろうか。


ニュースによると放射能の脅威に

また何がなんだかわからん混乱が起きてるみたいで

福島原発の事故は国際原子力事象評価尺度で

2番目にやばいレベル6に近づいているという。


見えないし臭わないしってなったら

いくら科学的に証明されている数値だとか並べられても

一般の人にはそれを確かめる術はないわけで

もう呪いとか祟りとかそんなもんと一緒だからなぁ


専門家の人やテレビのニュースで言われたことを

信じるかどうかでしか、確認できなけりゃ

そりゃ混乱もするわけだよ


ふぅ。


昨日ライブがなくなったのでひさーしぶりに

恵比寿に行きました。恵比寿といえば昔、東口に今でもある

香り家っていう蕎麦屋さんでバイトをしてたことが

あって通ってたこととかあったな。

まかないでメニューは全部食べましたが

なかでも鴨汁そば切りが好物でした。

あ、あと出汁巻き卵は絶対食べたほうが良いね。

激戦区の東京で今でも変わらず店を構えるくらいだから

ちゃんと美味しいのだと想います。

機会があったら皆さん是非足を運んでみてはどうでしょう


それから、仲良かった友達が

住んでた激狭(4畳1ルーム)のマンションに

しょっちゅう遊びに行ってたことも思い出します。

そいつの家の家具や家電は、ほとんどマンション一階の

ゴミ置き場から運んできたモノだったんだけど

どれもすごく綺麗だし普通に使えるものでした。

訊いたら引越しの出入りが多くてみんな持ってくより

捨てる人ばかりだったらしい。


東京ってのは、つくづくスゲエ街だなと

感心したのを覚えてます☆


また、西口の駅の出口でひとりでアコギで唄ってたら

お巡りさんが止めにくるのかと思いきや

デモテープを買ってくれたりだとか

けっこういい想い出がたくさん。


そんな恵比寿の街の東口を少し歩いたところに

見たことのないバーラウンジのような

広めのお店が出来ててそこの入り口に


「東北地方太平洋沖地震キャンペーン!!」


て書いてあって、最初それを見たときは


「おいおい...不謹慎な組み合わせきちゃったけど大丈夫か?」


と想ったんだけどその下に


「ハイボール100円!余ったお金で募金しよう!」


て書いてあって、なんか少し心がふわっとなりました。

単純にお金がっていうんじゃなくて幸せが順番にまわってくっていうか

より確かな感覚みたいなものをそこに見たように想います。


写真撮っときゃよかったな


雨ですね、ひねもす。

電車も最近はようやくまともに

動き出してすこーしずつですが

それぞれにそれぞれの日常を歩み始めています。


最近2日くらい読んでいた重松清さんの

「流星ワゴン」有名な作品ではあるけれど

非常に面白かったです。あっという間に読み終えてしまった。

また本を買いに行かなくては。


ライブも結局3月はすべて予定されていたものは

中止や延期となり静かな毎日を過ごしています。

そんななか、土曜日には千葉テレビへ足を運び

とあるCM曲の制作現場へ。


まだ制作の段階なので実際にオンエアされるかは

これからですが、滅多にない機会をいただき

貴重な体験をしてきました。


といっても、この日は付き添いでして

僕の出番はもう少し前に終了してたんですがねw


2月の音なき声のリバイバーのレコ発にも

参加してくれた詩-uta-ちゃんを連れまして。


彼女自身もこういった体験はじめてということだったんですが

とってもよい仕上がりになったので

もしオンエアされることになったら面白いなあと

すごく楽しみにしております。



ノンフィクションの絵空言

彼女のブログから拝借笑

もう少し詳しい様子なども書いてくれてるので

よかったらこちらも覗いてみてくだされよ


http://ameblo.jp/utakero


閑話休題。


てことで、春がそこまで来てるけど

なかなかどうして春の曲をやる機会が

なくなっているのがさびしい限りです。


想ったことを口に出したり文字に起こしたりするのは

唄を唄うものとしては日常であります。

そして、そういう行為はまず先に「想う」が来て

それから初めて行動に移すことが出来るのですが

たとえささやかでも、その小さな「想う」を口に出さなくなる。

文字に起こさなくなる。と人は「想わなくなる」気がします。


誰とも口を聞かずに過ごしてしまった人が

しゃべり方を忘れるように、かごに入れられた鳥が

飛び方を忘れるように。


それは幸せであるとか幸せでないとかとは

もっと別次元の話でとっても「寂しいこと」であるように想います。




大変遅くなりましたが


明日予定されていた志津サウンドストリームでの

ライブ公演は東北関東大震災の影響により

公演延期とさせていただきます。
前売りチケットについては、延期公演日程の決定後

そちらの日程まで継続利用を頂くか

払い戻しの対応とさせていただきます。
日程決定後、ストレンジドラマのサイトや

ライブハウスのHP・ブログにて

ご案内させていただきますので、よろしくお願いします。

楽しみにされていた方には大変申し訳ありません。

今後ともよろしくお願いいたします。


というわけで明日のライブは中止となりました。

世の中のあらゆるイベントごとや、スポーツや競馬なども

それぞれ中止という選択をとっていて

このようなところにも震災の被害が及んでいると想うと

本当に胸の詰まる想いです。


しかし、それぞれの判断があるにせよ

大きくなればなるほどそれに伴って

動く人がいて、その人たちにもまた守るべき生活や

家族がいるので一概に中止という判断こそが

正しいとも思い切れないなと感じたりします。


たとえばプロ野球なども開幕を延期ということに

なっているようですが、単純に「野球」ということだけで

見たら「今そんなことをしてる場合ではない」と

いう判断に至るのも無理ありませんが

プロ野球に関わっているのは野球選手だけではなく、

その開催に至るにも見えないところでいろんな人が仕事をされていて

それによって家族を支えている人がいます。

震災が起こる前と同じように。とはいかないのは勿論ですが

ゼロにしない方法というのはないのでしょうか?


「普通であろうとすること」が、この負の連鎖を

食い止める手段になりうると信じています。


誤解を恐れず書くなら、僕らに出来ることはきっと



不幸の「痛み分け」ではなく、幸せの「お裾分け」


であると想っています。


だって、負い目を感じて不幸なふりをしても

僕は今、どう考えても被災された方々より幸せですから。





今夜はルックで唄ってきました。

来てくれた皆さんどうもありがとう!


連日、地震の報道が続いていて

被害の少ない人たちにも少なからずか

もしくは十分すぎるほどの悲惨な光景や

悲しみが伝えられています。


民放ではキャスターの感情的な部分や

コメンテーターの見解が入ってきたりで

知らず知らずのうちに考えるべきこととか

今何が必要なのかということを

一定の方向にだけ見てしまうようになりそうで怖いです。


僕らが見たもの、聞いたもの、想像できることや

出来ることやすべきこと。それは立場や価値観で

変わるものでそれらが複雑に絡まりあって

出来ているのが社会なので、何が正しくて

何が間違っているかなどで切り分けられないことが

たくさんあります。もしもそれだけで社会が切り分けられたら

法治国家のこの国は、というか世界はとっくに平和になっているはずだからね。


今のこの状況というのは社会全体のなかの

本来正しいとか間違ってるとかじゃ切り分けられないものが

あるはずのない答えを探しさまよって、フラストレーションとなって

いろんなところでぶつかり合って、やみくもに敵を探しているかのようです。


たとえばそれが、宇宙からやってきた未知の生物であったり

海から現れた巨大怪獣なんかだったらわかりやすくて助かるけど

相手は実体のないもの、怒りや悲しみをぶつけようにも

ぶつけることが出来ない天災が相手ですから。


結局、巨大怪獣もそれをやっつけるウルトラマンも僕らの心の中に。