何時の間にか寝てて
雨の音で目を醒ましました
たんたんと九月も過ぎて
もう今日で20日なんですね
そういえば今月の3日に
四街道に唄いに行ったとき
初めて千葉からモノレールに
乗って終点まで揺られてたんですが
乗り合わせてた親子がいて
お父さんに男の子2人。
多分顔の似具合と着ている洋服から
双子と想われるその子供達が
お父さんを挟んで
窓の方を向いて座席に膝を立てて
外の景色に釘付けになってました。
2人の子供は窓の外に何かを
みつけるとその度に驚いて
お父さんにそれを説明するんですが
お父さんは疲れてウトウトしてて
ほとんど声は届いてない様子。
それでもお構いなしで2人は
楽しそうで、話しは駅に着くまで
続いていたんですが
何か、その様子の中に子供の
成長の仕方の中身みたいなのを
見たような気がしたんです。
良いのか悪いのかは
わかりませんが子供にとって
親とは、宝物だろうが
ガラクタだろうがとりあえず
新しく発見したものを
兎に角、放り込んでおける
でっかい箱みたいなものでは
ないかなと想うのです。
危ないものも素敵なものも
世の中には沢山あって
多分、そいつを感じたままに
拾ってくるのが子供の仕事で
基本的にはそれを「指定」することは
できないわけで親は拾ってきたものを
見て受け止めて、「これは危ないね。」
とか「これは素敵だね。」とか
いう感じでアドバイスする。
よし。じゃあ今日も行っといで。
という言葉に対して
行ってきまーす!
と、元気に応えるあの感じが
そこにはあるような気がするんだよな
まぁ人の親ではない
奴のいうことなので
あくまで想像でしかないけれど笑
iPhoneからの投稿