かつて、私は

「H」という人を好きだった。

Hは、私と同性だ。

 

 

私とHは、出会った頃、
それぞれ接客業をしていた。

人と話すことが、仕事の一部だった。

 

 

私とHは、どちらも
人から好意を向けられることに
それほど無自覚ではいられない環境にいた。

とは言え、今より若い頃の話だ。

 

 

 

そして、出会ったばかりの頃、
Hは私を、どこか決めつけるような言葉で評した。
それは褒め言葉だったのかもしれない。

 

 

Hは、自分に自信を持っていそうな空気をまとっていた。

 

そんな人に褒められると、

かえって少しだけ、居心地の悪さを感じた。

 

 

同性同士で相手を褒める文化があることは、
頭では分かっていた。

 

それでも、

Hとは何の物語も始まらない。

 

そんな気配を、ぼんやり感じていた。

 

 

 

 

私は、客として、

よくHの仕事先に出入りしていた。

 

仮に、ここではその仕事先を
「暁の光」と呼ぶことにする。

 

 

ただ、Hとは滞在時間帯が被ることが少なく、

被ってもお互いに別の話し相手がいた。

 

一緒にいた。

でも、ちゃんと交差しない2人。

 

 

 

暁の光は、居心地が良かった。

 

そこにいるみんなが、

良い感じに、丁寧に、

でもそこそこ適当に、

世話をしてくれていたからだ。

 

 

 

私が暁の光に出入りするようになったのは、

 

とある身体的な理由から

家族の中で孤立するようになり、

居場所がなくなっていたのがきっかけだった。

 

 

もともと、暁の光は、

家族と住んだ家の近くではない。

そこからは、

簡単には行き来できない距離だった。

 

私は、暁の光と出会う少し前に、

Hと同じ街に移り住んでいた。

 

 

後になって振り返ると、
私が韓国ドラマに惹かれるようになった感覚は、
 

この頃の街の空気と、

どこかで繋がっている気がする。

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