演技とは芸術である | オーディオキネマ 研ぎ師伊之助深川噺

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芸術の中で、

「演技」ほどデリケートなものはないと思うのです。

文字で読んで素晴らしいと感じる台詞を、

自分の演技表現に変換して、

さらにより良いものに再生させることが果たして可能か・・・??

 

演技とは、

 

そんなことに挑戦するものだからです。

 

 

 

 

この傲慢とも思える表現の可能性は、

成功と失敗の両極へ、

無限に広がるような気がしてしまいますね・・・チュー

そんな台詞に対して、

力づくであたっては魅力を失うし、

勘を頼りにしては、

あまりに不十分な仕上がりになりますよね。



台詞の中の言葉ひとつひとつにどんな意味があるのか?

どう理解して扱えば、その言葉を生き生きとさせることができるのか?

 

台詞を受け止める観客は何を思うのか?

 

表現者は、その台詞で受け手の心に何を宿すつもりなのか?

 

これは、真剣勝負なんです。

 

全てのパワーやバランスが調和のとれた時、

 

演技が台詞を超えて情熱を獲得し、演技が表現を超えて詩情を生むのです。



声優野沢雅子さんは、

「声優の仕事は、絵に命を吹き込むことだ」

と言っていますが、

 

逆を言えば、

台詞の中の真意を見抜かない者は、

台詞を殺し、キャラクターを殺していることと同様なのだと思います。

事実、私のこれまでの仕事でも、

抜け殻のような空洞化した演技には、

 

何度も苦しめられてきました〜〜てへぺろ

 

こういった事態を招かないために、

 

制作側は何を考えるべきか・・・。

 

出演者は何を考えておくべきか・・・。

 

両者は何を見極めておくべきか・・・・。

 

ドラマ制作における悩みは尽きないですねぇ~。

 

 

 


怖いのは、自らの過ちに気づかないことです。

そこに、プライドや見栄などの余計な力が働くと致命的です。

行いを正すまでに、長い長い時間が必要となるでしょう。

 

演技は、

 

デリケートな〈芸術〉なのです。

 

我々は、これと闘おうとしているのです。

 

解決策を探る行為こそが愚かしくも思えてきますねアセアセ

 

 

 

芸術を極めんとする心情が、役者の側にあるか。

 

お客の心に、永遠の宝物を届けたいと思うか。

 

実に青臭いことですが、

 

こんな思いが奥底にあるかが試されている気がしてならないのです。 

 

 「答えはいつでも自分の心にある」

 

 演技の真実について、

 

そんな言葉を読んだことがありますが、

 

まさに芯をとらえていると思えてなりません。

 

 

 

 

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オーディオキネマ代表 

山中勇人(脚本・演出)

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