嫌いな人間(その2) | オーディオキネマ 研ぎ師伊之助深川噺

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前回記事の続きです



先ほどは、

ちょっと意味不明なブログだったようですが、

私を嫌いにはならないで頂きたいですねぇ・・・フフフ




さて、

嫌いになる人間から己を見つめてみると、

有意義で面白いという記事を書いたのですが、

その効果を
黒澤明監督の映画にみてみたいと思います


黒澤監督の作品の殆どは、

ヒューマニズムの賛歌であると思います。

(なかでも絶頂期の作品群はそれの秀作ばかり




観客は、

主人公の性分や心意気に共感し、応援し、賛嘆します。

彼への好感は高まり、

とうとう持て余すほどに、惚れ込んでしまうのです。

あれほど登場人物にのめり込んでしまえる映画も少ないでしょうね


『用心棒』や『椿三十郎』などは、

この種の傑作ですね




そういった好人物がいる反対に、

黒澤映画には、

ウジウジとした意気地のない人間が登場することも忘れてはいけません


『七人の侍』での野武士に妻をさらわれた利吉。

『用心棒』でのヤクザに妻をとたれた子持ちの小平。

『椿三十郎』でも若侍達。

『天国と地獄』の運転手。

どれも主人公との対比は強烈で、それがドラマの核にもなります。

また、

メインキャラクターの性格の一面に、

そういった意気地なしの片鱗が現れる作品としては、

『酔いどれ天使』 『羅生門』 『生きる』 『隠し砦の三悪人』など、

いくらでもありそうです。

こういったジメジメした態度に、

主人公は腹立たしくて仕方がない
といった展開がいつも用意されています。




私は、

黒澤監督自身、

男性が見せるグジグジ感に対して、

強烈な
嫌悪感を持っていたのではないかと思います


なぜなら、

黒澤さんの内面にこういった性格は存在しないと思えるからです。



一つ例を挙げると、

黒澤さんの娘、
和子さん(映画衣装デザイナー)が、

ジブリの鈴木敏夫プロデューサーへのインタビューでこんな事を言っています。
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和子さん「もしも、自宅に帰った時、玄関先で鍵がないとき、(鈴木さんは)どうされますか?」

鈴木さん「多分、鍵を持った家族が戻るのを待つでしょうね。」

和子さん「父(黒澤明)はダメなんです。超合理的でせっかちなので・・・。躊躇なく窓ガラスを割って入ってしまうんです。修理のことなどは考えもしません。」
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娘の和子さんが話す黒澤さんが、

きっと本当の姿であることは間違いないでしょう


こういった性格だから、

映画の中で、

三船さんや志村さんが演じてきたキャラクターがダイナミックに描かれているわけで、

そして、反対の意気地なしも存分に表現されているわけです


それでいて、

黒澤さんは、映画の中で彼らを見捨てませんよね。

主人公は、己が傷ついても彼らを救済します。

ここのヒューマニズムが黒澤流なんですよね




黒澤監督も、

自分が嫌いな種の人物を、

キチンと受け入れているんだと感じること出来ます


しかし、

そういった男が現場スタッフに入ることは許さなかったでしょうが・・・


あくまでも、

それを映画の中でドラマ表現として現実のものとして描いているのです。

ここがどこか庶民的でいいですよね




やはり、

嫌いな人間は研究すべきですね。

(前回ブログと同じ結末ですね・・・


よくよく理解すれば、自分の持ち味にもなるでしょう


人生捨てたもんじゃないですね。

捨てるものにも生きるヒントはありますね




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