8月6日を迎えるたびに、
後ろめたい気持ちになってしまいます。
この感情は、
9日を過ぎ、
15日を過ぎて、
ゆっくりと収まっていくまで、
ただ静かに堪えて待つしかありません。
私たちの仕事は、
人々の生活には無用のものです。
無くてはならない生命に関わるものではありません。
そういった作品作りに加担することは、
〈罪〉なのかもしれない、
とそんな風に思えてしまいます・・・。
赤の他人の生活費から、
幾らかの金銭を受け取り、
我々の世界は成立しています。
それに引き換え、
我々が提供する〈喜びや安らぎ〉などは、
どれほどの価値があるのでしょうか。
それには、
どんな意味があるのでしょうか。
そして、
それら〈与える影響〉について、
私達にどれくらいの自信があれば、
作品制作は成功と言えるのでしょうか・・・。
これは、
売り上げなどで答えが出るものではありません。
〈娯楽作り〉で楽しく暮らそうという、
我々ヤクザな人間が、
じっくりと考えなければならないことなのです。
ちょっと偏屈で馬鹿真面目な発想ですが

人々の生活に無用なモノに、
馬鹿正直に信念などを込めてみるから、
できあがった作品は、
少しながら人を感動させるのです。
我々の意思の強さが、
本物を生み出すのかもしれませんね。
ここをおろそかにしては、
ただのニセモノに、
汗水たらすことになりはしないでしょうか。
無用なものだからこそ、
殆どの苦労は無駄になるのを知り、
努力を続けてゆかねばならぬのです。
時代が時代なら、
必要とされない仕事ですから、
だからこそ、
そんな生業に対して、
揺るがない何かを見つけていたいですね。
それは、
自分だけの、
作品制作の真実ということでしょう。
納得してもらえる作品を世に出すには、
幾つものハードルが、
制作過程にも自分自身にも、
据えられているんだなと思いますね。
しっかりと考え抜いて、
誠実に越えていかねばなりませんね。
8月の初めは、
暑さと共に、
こんな感情がうらめしくなりますね。
オーディオキネマ
山中