ごきげんよう。

 

夫が早起きしてゴルフに行くので,

保育園チームと学童の送り迎えは

全てわたくしの細腕にかかる今朝。

 

なんとか定時までに送り届けて,

洗濯はPM2.5がかなりひどい予報と

観測値をチェックして中干して

さぁ,今日はやっと集中して論文書くぞ!

 

と,思ってその前に,チェックしたブログの

管理ページ。

 

あ,れ?

 

やだ!

 

今日だったっけか?

 

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最近,Facebookも自分投稿しか見てないし,

SNSは自分の発信のみで,

双方向のコミュニケーション率は低く,

チェックもしてない状態でした。

 

2週おきに関東と関西を3児を連れて

(その内,一人足骨折で,車いす生活)

新幹線往復し,

学会発表して,

教授のお祝い会して,

子どものピアノ発表会のレッスン送迎

仕事の所見書きもたまり,

まぢ,体壊しました。

 

お母さんが元気でないと,

何より自分を大事にしないと

家庭は崩壊します。

 

だもので,わたしにとって,自分発信する

ことが大事なので,コミュニケーションは

家族とだけ最小限でが生き延びるルール

として,この2か月最前線です。

 

不義理をしていて,ごめんなさい。

でも,わたし,まだ,倒れられないので。

 

なんて,思いも抱えながら,

タクシーに飛び乗り,

ほぼすっぴん(内勤仕様)で

 

あこさんちの「かみさまとのやくそく」上映会に乗り込みました。

 

 

90分の映画の半分くらいしか

見ることはできませんでした。

 

ですが,この映画に出てくる産婦人科医の

池川明先生のご本は数冊拝読して

いたり,4年くらい前に大阪であった

講演会にうかがったこともあったので

かまいませんわ。

 

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わたくしがうかがった講演会は,こちらの

「生まれてきてくれてありがとう」という講演会で,

今年は5月26日(日)にあるようです。

 

映画では,すみれちゃんという小学生の女の子を

始め,こどもたちが生れてくる前の記憶の胎内記憶,

中間生記憶を語っていました。

 

 

すみれちゃんって,たぶん,この本の著者よね?

読んでないけども。

 

胎内記憶の可否はどうかとして,

海外ではスペインの心理学者が

本にしています。

 

この本,大学1年の時,教授が「こんな本も

あるのですよ」と,毎週講義で教えてくださる

本の内の1冊でした。

 

そのころ,子どもに興味が全くなくて,

(学問上の子どもには興味があるけど,

自分が産むとか全く考えてなかった)

スルーしてました。

 

妊婦になって,図書館で借りて読んで

面白い研究分野があるんだなぁと

思いながらも自分が研究することは

また別。

 

記憶は捏造されるしね。

 

例えば,「あなたは難産で生まれてきたのよ」

という親の言葉を自分が経験したことと

して記憶したり,記憶研究って難しいんですわ。

 

ですがね,あるかないかではなく,

そういうこと(生まれる前の記憶)を

語る子どもをたくさん見てきた

日本の池川先生や映画に出てくる

大学教授のおじさんが研究として

取り組んでいます。

 

映画の中で,すみれちゃんが言ってましたが,

語るため,伝えるために胎内記憶を

忘れないで生まれてきていると

語っていました。

 

わたしも賛成です。

胎内記憶が例え捏造であっても,

そのストーリーで救われる人がいる

ならばいいじゃないかと思うのです。

 

自分に都合よく何度も語るうちに

自分が癒されることもありますし,

人を癒すこともあります。

 

自分の語りは自分を創り,

アイデンティティになるのですから。

 

職業柄,

「自分なんて生まれてこなければよかった」

と,ぬかす子どもたちに出合います。

 

自分が子どもを産む前は取り立てて

何の感情もわかない言葉でした。

 

が,子どもを産んでからは,

誕生を望まない親なんて一人もいないこと

無事に生まれてくることを祈りながら

9か月をしんどい思いで過ごしたことを

伝えます。

 

わたしはそんなことばを親として

聞きたくないし,どんな思いで出産まで

至ったか,命は愛であることを伝えます。

 

愛していなかったら産むという選択肢は

ないからです。

 

やむを得ず人工中絶せざるを得なかったり,

流産をしたり,妊娠継続が難しいケースも

あったり,命はきれいごとではないです。

 

どんな選択肢であっても,

産む側の選択と生まれる側(胎児)の

ニーズがマッチングしないと

この世には誕生できないから。

 

関係性が胎児になる前から成立しています。

 

と書くと,怪しいんだけど(スピっぽくて),

わたし自信が経験しています。

 

お腹に入る前の生命体とコンタクトしていた

というと怪しいけれどさ・・・。

 

しかも,子どもらはすっかり忘れた

ふりをしているんだけどさ。

 

赤ちゃんがお母さんを選んで生まれてくる

というストーリーの真偽はどうであれ,

そのストーリーに意味づけし,

救われる人がいるならば,それでいい

と,わたしは思います。

 

それでも,育児はたいへんな仕事です。

 

こないだ出た心理学の学会でも,教授が

育児はとても大変でコストのかかるもので,

未熟な時期の親の負荷がサルの中では

ヒトほどかかるものはいないと断言してました。

 

だから,育児とは,大変なことへチャレンジ

していると言っていいのです。

 

しんどいから,まぢ,逃亡したい,

いや,いっそ,このままふらっと飛び込んで

死んだら楽かも?

なんてことも頭をよぎることもあります。

 

でも,まだまだ死ねないな

と,はっと気づいてなんとか踏ん張って

こっちの世界に引き戻されます。

 

過労死として労災が下りないけれど,

育児で過労死もあり得るとさえ

わたしは思います。

 

子育てって大変だけど,本来はそんなに

そこまで追いつめられて,深刻ではないことで

あったはずなのですが(進化心理学上,

種の保存は動物としての本能)

現代はそうではないのですわ。

 

NHKでも数年前に特番になりましたよね!

 

 

本になっています。

 

これ,パパママ教室で見せてほしいわ。

って,追い詰めちゃうか・・・。

 

そのくらい体とこころへの負担は大きいです。

 

本来,ヒトの子育ては,群れでするもので,

個人責任だけではないのですから。

 

リプロダクティブ(生殖活動全般)は

個人的なことでもありますが,

社会的なものでもあります。

 

ここらへん,思うところがありまして,

また書こうと思います。

 

面白い映画でした。