声の主は、五十嵐智美だった。えっ、彼女のエネルギーって、こんなに

重たかったの?ってビックリした。今まで、私は彼女の何を見てきたんだろう?

ちょっとショックだった。それまでの幸せで満たされた心が一瞬で、

凍りついてしまった。

 

 

「チーフは残らないんですか?だって、このチームのリーダーはチーフですよね?

他の人に丸投げってどうなんですか!?」

 

「えっ、智ちゃん、何言ってんの?っていうか、そもそも、残業するほどの作業、

抱えてないよね?私たちが定時に帰れるのに、なんで、智ちゃんだけ残業する

ほど時間がかかるワケ?意味分かんないんだけど!」

 

 

理沙ちゃんは、ハッキリものを言うタイプだってことは知ってたけど、

ここまで言うなんて、今まで負の感情を溜め込んでたってこと?

ここは、私が冷静になることが大事。とりあえず、宥めないといけないと思って、

若干、必死になってしまった。本当は、穏やかさと心の余裕を持たないと

いけないんだけどね(苦笑)

 

「理沙ちゃん、人それぞれだからね。それに、何か追加で作業が発生してる

かもしれないでしょ?みんなが、それぞれ違う作業しているワケだから、

分からないじゃない?庇ってくれる気持ちは嬉しいけど、イベント前に

チームの輪を乱すことは避けたいし・・・ね」

 

「チーフ、優しすぎるんですよ!僕は、理沙に賛成です。だって、少し前から

五十嵐、様子が変ですよ。言いたいことがあるならハッキリ言えば良いのに、

なんか陰湿で、気分が悪いっていうか・・・。僕、チーフにメンバー編成の相談を

しようかって思ってたくらいなんですよ!良い機会ですから、五十嵐を

このチーフから外しませんか?」

 

 

「ちょっと待って!いきなり、それは行き過ぎでしょ!」

 

「チーフ、チーフには言ってなかったんですけど、潤也と理沙と僕とで

飲みに行った時とかに話してたんですよ。だから、今に始まった話じゃ

ないんです。

 

でも、チーフはきっと、このチームでプレゼンに勝ったから、イベントが

終わるまでは、メンバー変更の話をしても聞いてくれないんじゃないかって

言ってて。

 

でも、マジで、さっきの発言は我慢ならないです。こんなに大きなチャンスを

頂いて、実現に向けて動いてる時に士気を下げる人間には、居て欲しくないし、

一緒に仕事したくないです!」

 

 

「分かりました!そこまで嫌われてるなんて思ってなかった。どうせ私は陰湿

ですよ。すみませんね。じゃ、今日は残業しません!私も定時で帰ります!

これで良いんでしょ!」

 

えっ!?負の感情を溜め込んでたのって、理沙ちゃんだけじゃないの?私的には

衝撃だった。だって、みんな仲良く、楽しく仕事してるって信じてたのに・・・。

『えっ、ホントに?本当は気づいていたんじゃないの?』って、私の中で、

そんな声が響いた。私、本当は気がついてたってこと?いやいや、今は、ここで

立ち止まってる場合じゃない。あとで、ゆっくり考えよう。

 

 

「ちょっと、ちょっと、みんな冷静に話をしようよ。誰もそういうことを

言ってるんじゃなくてさ・・・。どうしちゃったの?っていうか、もっと早く、

私に話をして欲しかったよ。3人だけで、グチを言い合ってたってことでしょ?

そういう話って、どんどん膨らんでっちゃうものだからね(苦笑)レオンくんは、

知ってたの?」

 

「3人で飲みに行って話しているということまでは知りませんでした。

でも、チーム内で不協和音が鳴っていることには、なんとなく気づいていました。

それは、僕だけじゃなくて、ミウさんも気づいていたんじゃないですか?

ミウさんが見て見ぬフリをしているのに、僕が口を出すのも可笑しいのかなと

思って、黙っていました」

 

「なるほどね。別に見て見ぬフリをしていたつもりはないんだけど、

みんなが言うように、このメンバーでプレゼンに勝ったから、このメンバーで

イベントを成功させたいっていう気持ちはあった。でも、3人は、それも

無理だって感じてるの?」

 

「僕たちじゃなくて、五十嵐に聞いてくださいよ!協力する気があるのか

ないのか、そこをハッキリさせて欲しい。っていうか、ブルータイガーの仕事を

一生懸命するつもりがあるのかどうかですかね(苦笑)」

 

「それ、どういう意味?」

 

「チーフは知らないかもしれないですけど、五十嵐、ブルータイガーの藤崎さんの

ことが気に入ってたんですよ。で、この間、一人で残るって言った日があった

じゃないですか?あの日、僕たちが帰った後、藤崎さんに電話して、食事に

誘ったんですよ。でも、断られたんだよな?それから、それまで以上に陰湿な

雰囲気漂わせて、ちょっと怖いくらいだったんっすよ。雰囲気だけじゃなくて、

色々、アイツがしてたこと、見ちゃったりもしたし・・・。

 

 

それに、仕事じゃなくて、男を誘うために残業って、マジであり得ないと

思いませんか?なんか、ヤバイよな」

 

「な、なんで、そのこと知ってるのよ!それに見ちゃったって、何を見たって

言うの!?」

 

「たまたま、あの日、3人で飲もうって話してたんだけど、優一が忘れ物したって

言って、会社に取りに戻ったんだよ。その時、五十嵐が電話で話してるのを

聞いちゃったんだよな?それで、席に戻れなくて、結局、忘れ物も取りに行けなく

なったって話してくれたんだよ。何を見たのかは・・・言っても良いワケ?」

 

「何を見たのかは知らないけど、盗み聞きまでしたってこと?」

 

「盗み聞きじゃねえよ!っていうか、会社で、あんな電話する方が可笑しいだろ!

振られた時のこと考えなかったのかよ!藤崎さんが、お前と食事に行くはず

ないだろ?少し考えれば分かることだろ」

 

「確かに!藤崎さんみたいなエリートが五十嵐さんを相手にするはずないと思う。

チーフなら、話は別だけど。だって、みんなでランチに行った時も、藤崎さん、

チーフのファンだって言ってたじゃない。

 

もし、私が藤崎さんのことを『良いなぁ・・・』って思ってたとしても、あの話を

聞いたら、自分には脈がないなと思って諦めるよ。それなのに、その後で食事に

誘うとか、意味分かんない(苦笑)どこに、そんな自信があるの?呆れるわ。

しかも、その後、チーフのことランチに誘ったでしょ?何するつもりだったの?

怖いよね、マジで(苦笑)」

 

 

「ちょっと待って!分かったから。とりあえず今日は、もうやめよう。また来週、

早い方が良いから月曜日の朝、改めてみんなで話し合おうよ。みんなにとって、

何がベストなのか、しっかり話し合って決めよう。それで良い?」

 

「もちろんです!じゃ、会議室、空いてるか見てみますね。え〜っと、大丈夫、

空いてました!じゃ、予約しちゃいますね。それにしても、なんだかなぁって

感じですね(苦笑)もっと早くチーフに話せば良かった」

 

「ホントだよ!毎朝、みんなに声かけてたよね?でも、みんな順調ですとしか

言わないし、楽しいって言うし、分かるワケないでしょ。なんで、ここまで

溜め込んじゃったかなぁ(苦笑)これからは、もっと早く言ってね。っていうか、

私も違和感を感じた時に声をかけるべきだったね。ごめん。これからは、違和感を

感じたら、すぐに声かけるようにするね」

 

 

「チーフは謝らないでください!そうじゃなくても色々と大変なんですから」

 

「ううん。チーフとして、チームのみんなに気を配るのは当然のことだし、

大変だなんて思ったことないから大丈夫だよ。ありがとう」

 

「じゃ、僕も今日は残らなくても良いということですよね?」

 

「そうだね、レオンくん。ありがとう」

 

「いいえ。じゃ、来週、ランチを奢ってくれるという話も無しですね」

 

「そうだね。残念でした(笑)」

 

「レオン、めっちゃ残念そう(笑)」

 

「じゃ、今日はとりあえず、みんな帰ろう!ってことで良いのかな?」

 

「はい!大丈夫です!お疲れさまでした!」

 

「お疲れさま!今日も3人で飲みに行くんだよね?」

 

「はい、そうですけど・・・。チーフも来ます?」

 

「いや、私は行かないけど、お願いがある。誰かの悪口言いながら、お酒を

飲むのはやめて欲しい。どうせ飲むなら、楽しいお酒を飲んで欲しいかな。

じゃないと、お酒が毒に変わってしまう。

 

 

適度なお酒は、身体にも良いし、リラックスさせてくれるから、良いアイデアも

浮かびやすくなると思うの。でも、誰かの悪口を言いながら飲むお酒は、

お酒が本来持つパワーやエネルギーを低下させて、悪いものしか残らないから、

勿体ないでしょ?

 

誰かのためではなくて、3人、それぞれのために、頭と心の片隅にでも良いから

置いておいて欲しいかな」

 

「はい、分かりました。確かにチーフの言う通りですね。今夜は、3人で

楽しいお酒を飲みます。それで、今よりもっと新しい、斬新なアイデアが

浮かぶように意図して飲みたいと思います!」

 

「ちょっと潤也、ハードル上げないでくれる?(笑)あっ、じゃ、新しい斬新な

アイデアは潤也に任せて、優一と私は、楽しく飲もうね」

 

「おー、そうだな。そうしよう!(笑)」

 

「おいおい、それはないよ(笑)」

 

「じゃ、そういうことで、智ちゃんも今日は定時で帰るということで

良いんだよね?」

 

「はい、帰ります」

 

「じゃ、定時を少し回ってしまって申し訳なかったけど、みんなお疲れさま

でした。また来週ね」

 

「はい、お疲れさまでした!」

 

まさか、ここまでこじれてたなんて・・・。っていうか、彼女が藤崎さんを

食事に誘って、断られてたこと、みんなも知ってたんだね(苦笑)私、鈍いにも

程があるかも(汗)自分のことで舞い上がって、浮かれて、ホント情けない。

罪悪感まではいかないけど、ちょっと自己嫌悪かも・・・。

 

 

っていうか・・・午後、みんながイキイキ仕事してるって信じてた。

いや、それは本当かもしれない。一人を除いては・・・。ううん、五十嵐智美も

純粋に仕事は楽しんでくれていると信じたい。そう、今は、私の願望でしか

ないんだよね(苦笑)

 

本当のところ、彼女は、仕事を楽しんでなかったってことなのかな?

そこのところは、来週、しっかり腹を割って話そう。私もみんなも、きちんと

腹を割って、本音でぶつかることも大事だしね。

 

でも、恋愛は自由だし、誰が誰のことを好きになっても良いと思うの。ただ、

自分の恋路を守るために邪魔をするとか、嫌がらせをするってなったら、それは

違うと思うんだ。

 

 

私は、彼女の恋を邪魔するつもりもないし、恋路を妨害するつもりもなかった。

それは、今も同じ。ただ、自分の恋と恋路を邪魔されたくもない。同じ人を

好きになるっていうのは、悲劇なのかな?でも、そこにもきっと意味があると

思うんだよね。『悲劇だぁ〜』って嘆くのは、違うと思うの。

 

 

でも今は、ごちゃごちゃ考えてブルーになってる場合じゃない!だって、楽しみに

していた藤崎さんとの食事に行くんだもん。楽しんで来よう!じゃないと藤崎さん

にも失礼だもんね。

 

 

<次回へ続く>