午後も何事もなく、みんなも順調に仕事が進んだみたいで、

今日もみんな、定時に帰れそう。良かった。

特に大きなラッキーはなかったけど、五十嵐さんと二人でランチに

行ったことは、今後に大きな影響を与えそうだね。

 

ただ、明後日、藤崎さんと食事に行くけど、その後の展開によっては、

かなりデリケートな問題が勃発しちゃうかもしれないと思うと

喜んでるだけじゃダメなのかなとも思ったりする。

 

 

今日のランチで、五十嵐智美に敢えて聞かなかったこと、言わなかった

ことがあるのは事実で、それに対して多少、後ろめたさも感じてたり

するのかもしれない。なんか、自分が汚い大人になってしまったような、

そんな気分。

 

でも、誰だって自分が可愛いし、自分にとって不利益になりそうなことを

自ら暴露したりするようなことはしないだろうし、それが一概に悪いこととは

言えないってことも分かってはいるけど、なんとなく、それは私らしく

ないような気もする。

 

 

ただ、そういう後ろ向きな考えは、自分の足を引っ張るだけだって

分かってるから、前を向かなきゃとも思うんだけど、現状を考えると、

若干、憂鬱になってしまうのは否めない。帰ったら、その点も含めて、

アトランティーナに相談してみよう。

 

そういえば、最近、レオンくんがおとなしい。以前は、やれランチだの、

やれ一緒に帰ろうだのって言ってきたのに、全然、寄りつかなくなってしまった。

それはそれで平和なはずなのに、ちょっと寂しいって思ってる私もいる。

なんか、物足りないような、そんな感じ。人の気持ちって、複雑だよね(苦笑)

っていうか、欲張りなのかもしれない。自分は、恋心を抱かないって

思ってるのに、相手からは抱いていて欲しいって思ってしまう。これもまた

エゴと呼ばれるものなんだろうね。

 

今日も真っ直ぐ家に帰った。アトランティーナが来る前は、真っ暗で、

冬だったら寒くて、夏だったら暑い部屋に帰ってたのが、今は、電気も

ついてるし、快適な温度の部屋になってる。しかも、ご飯の用意をして

くれてるから、良い匂いも漂っていて、それが堪らなく幸せだなって思う。

人が幸せを感じるのって、こういう小さなことなんだよなって改めて思った。

 

 

そういえば、藤崎さんから連絡が来るかなって思ってたけど、なかったね(汗)

連絡がなかったことを少し残念に思ってる自分を見つけて、ちょっとだけ、

こそばゆかった。やっぱり私、藤崎さんに恋してるのかもしれないね。

まだ淡い恋心って感じなのかな?

 

 

「ただいま、アトランティーナ!」

 

「おかえり、ミウ。今日もお疲れさま。ん?どうしたの?なんか、いつもより

表情が柔らかいわね。でも、あまり良い感じとも言えないのかしらね」

 

「そうだね。良いこともあったんだけど、自分の闇と向き合うっていうか、

気づかされたっていうか・・・そんな感じ(苦笑)」

 

 

「そうだったの?自分の闇と向き合うか・・・。それは、なかなか出来ることじゃ

ないから、貴重な体験と言えるし、興味深いわね」

 

「なかなかハードな感じかな(苦笑)今日ね、いきなり五十嵐智美からランチに

誘われて、最初は、身構えちゃったんだけど、『大丈夫だよ』って自分に

言い聞かせて臨んだら、大丈夫だった。っていうか、それ以上に信頼関係が

深まって、結果的に行って良かったって思ったの」

 

「そう。それが良かったことなのね。自分の闇っていうのは、弦夜に関すること

なのかしら?五十嵐智美からも弦夜のことを聞かれたんじゃないの?だって、特に

仲が良いわけでもない彼女がミウをランチに誘うなんて、弦夜のこと以外には

考えられないものね」

 

 

「そうだよね(苦笑)だから、私も誘われた時、たぶん、複雑な顔してたと思う。

彼女が知りたかったのは、この間、みんなで一緒にランチに行った時、

なんで藤崎さんが、私のハンバーグ好きを知ってたのかってことだったの。

ずっと気になってたんだって」

 

「それで、ミウは何て答えたの?」

 

「毎日、午前中に電話してたでしょ?その電話の時、初の大型プレゼンで

緊張してた私の気持ちを解すために食べ物の話になって、ハンバーグが

好きっていう話をしたんだと思うって答えておいた」

 

「それは・・・本当の話なの?」

 

「ううん、違うよ。食事に誘われた時、好きな食べ物を聞かれて、話したんだと

思う。それか、藤崎さんがハンバーグが好きで、ハンバーグが美味しいオススメの

お店があるって話になったのかもしれない。よく覚えてないんだよね(汗)」

 

「そう。それで、五十嵐智美は納得したの?」

 

「うん。今回のプレゼンもイベントの企画も私たちが経験したことがない、

大きなものだから、みんなも緊張してたし、今も張り切ってるでしょ?

それは、彼女自身も経験してることだからね。

 

 

あと、藤崎さんが、ウチの担当を任されたことで、ウチが失敗をしたら、

藤崎さんの立場が危うくなると思って、協力してくれたんだと思うし、

それには、チーフである私の緊張を解す必要があるから、気を遣ってくれたんだと

思うって言ったら納得してくれた」

 

「そう。それで、とりあえず、今日のところは収まった感じなのね。

全部が全部、嘘というわけではないけど・・・。この先のことを考えると、

ちょっと微妙な感じね(苦笑)ミウが気づいた自分の闇は、この辺り

なのかしら?」

 

「さすが、アトランティーナ!その通りです。彼女に対して、敢えて聞かなかった

こと、言わなかったことがあるのね。それに対して多少、後ろめたさを

感じてるのかもしれない。それで、なんか、自分が汚い大人になってしまった

ような、そんな気分になっちゃったんだ。

 

 

でも、誰だって自分が可愛いし、自分にとって不利益になりそうなことを

自ら暴露したりするようなことはしないと思うし、それが一概に悪いこととは

言えないってことも分かってはいるんだけど、なんとなく、それは、私らしく

ないような気もしたんだ。

 

ただ、そういう後ろ向きな考えは、自分の足を引っ張るだけだっていうことも

分かってるから、前を向かなきゃって思うんだけど、やっぱり、ちょっと憂鬱で、

スッキリはしないって感じなの。私、何か間違えちゃったのかな?」

 

「それは、彼女に、なんで、ミウのハンバーグ好きを弦夜が知っていたことを

気にしているのかを聞かなかったことを言っているの?」

 

「うん、そう。だって、もし聞いて、藤崎さんのことが好きって言われ

ちゃったら、私、何て答えたら良いのか分かんないから敢えてスルーした」

 

「敢えて言わなかったことというのは、弦夜から食事誘われていて、食事に

行く約束をしているということかしら?」

 

 

「そう。だって、食事に誘われてるなんて言えないし、聞かれてもいないのに

言う必要もないと思った。でも、みんなで一緒にランチした時も彼女が藤崎さんの

ことを気に入ってるのは感じたし、食事に誘ったことも知ってるから、藤崎さんと

食事に行く約束をしてるって言った方が親切なのかなとも思ったの。

 

でも、それを言ったことで、雰囲気が悪くなって仕事がしづらくなるのは

イヤだったし、恨まれるのもイヤだとも思った。それで言わなかったんだよ。

でも、後で知られた時のことを考えると、やっぱり憂鬱で、言った方が

良かったのかな?前の私だったら、言ってたような気がするなとか、色々、

考えちゃって、なんか自分がズルイ人間に思えてきちゃったの」

 

 

「なるほどね。それで、ミウはどうしたいの?」

 

「スッキリしたい。私が間違えちゃったのなら、訂正する必要があるし、

でも、自分ではよく分かんないから、アトランティーナに聞きたいなって

思ったの」

 

「そっか・・・。ミウは、間違っていないし、何も悪いことはしていないわよ。

だから、安心して。ただ、<誰だって自分が可愛いし、自分にとって不利益に

なりそうなことを自ら暴露したりするようなことはしないと思うし、

それが一概に悪いこととは言えないことも分かってはいるんだけど、なんとなく、

それは、私らしくないような気もした>っていうのは、言い訳よね。

そんな言い訳が出てくるということは、ミウが自分は悪いことをしたと

思っている証拠なの。

 

 

ずるいとか、ずるくないって、何で決まるのかしら?【ずるい】という言葉を

調べたことはある?【ずるい】というのは、人を出し抜いて、自分が得を

するような、正しくないやり方って書いてあるの。別にミウは、誰かを

出し抜いて、弦夜と食事の約束をしたわけではないわよね?

 

言わなかったことも聞かれなかったから言わなかったっていうのは、

ずるいことになるのかしら?聞かれたのに、嘘をついたら、それは罪悪感を

持ってしまっても仕方がないとは思うけど、聞かれなかったんだもの。

敢えて、自分から言う必要はないでしょ。

 

彼女に、なんで弦夜がミウのハンバーグ好きを知ってたことが気になるのかを

聞かなかったこともそう。敢えて聞かなかったと言ったけど、それは、聞く

ことが正しいと思っているということかしら?だとしたら、それは、ミウが

間違っているわ。ミウは、なぜ、彼女が気にしているのか、なんとなく察して

いたから聞かなかったんでしょ?だったら、それで良いじゃない。何も

間違ってはいないわよ。

 

 

世間一般で言われている善悪を基準にするのは、もうやめなさい。

正義というのは、人の数だけあるの。Aさんにとっての正義がBさんに

とっての正義とは限らない。みんながみんな、正義の旗を振りかざしていたら、

世の中は混乱の嵐に陥ってしまうわ。

 

 

それに、誰もが生まれてから今日まで、ずっと正しいことだけしかして

こなかったのかって言ったら、そうじゃないでしょ?時には、『間違ってるなぁ』

って思いながらも正しくないことを一つや二つしているもの。だから、正義に

縛られる必要もない。

 

そもそも、今回、ミウは何も悪いことはしていないし、さっき言ったような

ずるいことも何もしていない。ただ、自分の心の中に闇を見たことが

ショックだったということだけ。でもね、清く正しく美しくが良いことだと

思っているのなら、それは改めた方が良いわ。

 

清いこと、正しいこと、美しいこと、どれもみんな個人の主観でしょ?

10人いれば10個の価値観があるのと同じように、10人いたら、何が

清くて、何が正しくて、何が美しいのかも全部違うの。だから、正解なんて

どこにもないということ。ただ、ミウが聖女になりたいと言うのなら、

話はまた別だけど、そういうことでもないんでしょ?」

 

 

「うん。出家したいとかは思ってないよ(苦笑)」

 

「でしょ?それでもミウが自分のことが許せないと思っているのだと

したら、なぜ、許せないと思っているのか、そこを追求した方が良いわね。

少なくとも、私から見て、ミウは間違っていないと思うわよ。

 

エゴって、悪いことだと思われがちだけど、危機管理システムでもあるの。

エゴが危険を知らせてくれるから、エゴは必要でもあるのよ。

 

ミウは、そのエゴの危機管理システムが作動したから、危険回避に向けて

行動しただけのこと。そうやって、自分を責めるのも、自分を正当化するために

言い訳を連ねるのも、もうやめなさい」

 

 

「うん、分かった。ありがとう、アトランティーナ」

 

「久しぶりに熱くなっちゃったわね(苦笑)ごめんね、ミウ。

それで、ミウは明後日、弦夜と食事に行くんでしょ?」

 

「ううん、私のためにありがとう。明後日、藤崎さんと食事に

行く約束は、そのままだから行くよ」

 

「だったら、行く前に一つ決めて欲しいことがある」

 

「えっ、何を決めるの?」

 

「ミウのスタンスを決めておいて欲しいの」

 

「スタンス?」

 

「そうよ、スタンス。それさえ決めていれば、当日、迷わなくて済むから」

 

「スタンス?えっ、それって何?よく分かんない(汗)」

 

「ミウは、弦夜との個人的な関係を続けていきたいのか否か、食事は、

明後日だけなのか、これからも行くのか。とりあえず、この辺のことは

決めておいた方が良いわね。

 

もちろん、明後日、食事に行ってみて気持ちが変わるかもしれないけど、

行く前に、ミウは今後どうしたいのか、どうしていきたいのかは決めておいた方が

良いわ。

 

じゃ、そろそろご飯にしましょうか。続きは、ご飯を食べた後ね。まだ、ミウが

言うところの闇、残っていそうだものね(笑)」

 

 

「うっ・・・(汗)ありがとう、アトランティーナ(苦笑)」

 

今日は、オムライスだった。それもケチャップじゃなくて、ホワイトソースを

かけてくれた。ホワイトソースの優しい味が、今夜はやけに沁みた。

私、トマトは平気なんだけど、ケチャップが苦手なんだよね。だから、中のご飯も

ケチャップライスじゃなくて、バターライスなの。

 

 

アトランティーナは、いつも私の好みを尊重してご飯を作ってくれる。

こんな奥さんがいたら良いよねぇ。私が結婚したら、こんな奥さんに

なれるのかなぁ?いや、無理だな。だって、結婚したとしても仕事は続けて

いきたいし、定時に帰れるとしても、毎日、凝った料理を作る元気は

残ってない気がするもん(苦笑)

 

 

<次回へ続く>