ああ、俺は山田ってもんで、現役の頃は車の板金をやってたんだ。
今は仕事は引退した。無職だよ。年金と、あとは子どもらの仕送りで
なんとか暮らしてる。女房は10年近く前に死んじまったしな。
今は将棋が趣味だな。将棋所に行くし、そこの仲間に教えられて、
ネット対局もやるんだ。でな、今から話すのは、俺が小学校の5年の
ときだから、今から60年も前の話だよ。毎日仲間とつるんでいろんな
遊びをやった。三角ベースの野球、虫取り、川泳ぎとかな。みんな日に焼けて
真っ黒だった。そういえば、小学校でもクロンボコンテストなんて
やってたんだよな。当時は、日光が皮膚がんの原因になるなんて、
誰も知らなかったんだよ。で、いつも遊んでたのは俺を入れて4人。
みな同じクラスだった。でな、その日、空き地に集まって、他のやつらと

合流しようと思ってたとき、仲間の一人の木見ってやつが、こういう
話をしたんだよ。「今日も野球になるのかな」  「ボールを持ってる
やつがいればそうだろうな」  「でもよ、ここんとこ毎日野球で飽きたよな。
それに6年のやつらはズルをするし」  「じゃあ何か他の遊びはあるのか。
金はジュース代くらいしか持ってねえぞ」  「なあ、防空壕を探しに
いかないか」  「防空壕、この町は空襲にはあってねえぞ」
「だけど、準備はしてたらしい。西根山のどっかに西脇地区の防空壕が
あるってばあちゃんから聞いたことがある」  「んでも、戦争が終わって
だいぶたつぜ。もう塞がれたんじゃないか」  「んー、そうか。かもしれんが
跡は残ってるだろ。探しに行かないか」  「俺たちだけでか?」  「ああ」
正直、俺はあんまり乗り気じゃなかった。ただ、野球よりはいいかなって程度。

他の奴らも同んなじような感じだったが、ぶらぶらと行ってみることにした。
時間つぶしにはなるし、6年に指図されるのにも嫌気がさしてた。
「どこのあたりにあるんだろ」  「防空後だろ。いざってときに逃げるんだから、
山の高いとこにはないだろ。西脇地区からすぐに行ける山の麓だろう」
「たぶんそうだな。でも、近いとこだと何かに使ってるんじゃないか」
「そうかもな。ツマラナかったら虫取りでもすればいいし」ってことで、
西根山の麓までは自転車で行った。当時は舗装されてる道は国道しかなくて、
みな砂利道を漕いで走ってたんだよ。そっから4人で麓を回った。
ちょうど山の裾を巡るように道になってたんだ。そこを20分ほども
走ると「あれじゃねえか」と一人が指を指した。山の草が茂ったところに、
古ぼけた木の両開きの扉があったんだよ。「ああ、ここじゃないか。

ばあちゃんが言ってた場所とも合ってるし、たぶんこれだな」  

「やっぱり使ってるんじゃないか。ほら、消防団倉庫って書いてある」
「ああ、鍵がかかってるかな」  「錠はないな」で、扉をためしに
引いてみると、ギッギッと音がして開いた。中に入ってみたら裸電球が
下がってる。で、その下に行って電球についたスイッチをねじった。
ぱっと明るくなった。「お、電気がきてるな」ただ、そこに見えたのは
旧型のポンプ式の手押し消火車。当時でも古い型だった。
「うーん、こんなのもう使わないよな。これ物置じゃないか」  「ああ、
だから鍵もしてないんだろう」たしかにその消火車には厚く埃が積もって、
錆もひどかった。「つまんねえな」  「まあ、奥まで行ってみよう」
そこの壁は土で、崩れないように木枠で支えてあったが、その木も

黒くなって腐っていた。けっこうな奥行きがあり、20mくらいか。
これなら西脇地区の全員が入れそうだった。「深く掘ったな」奥は
何も置いておらず、電球の光も届いてなかった。「つまらねえな。もう出ようぜ」
そういったっとき「おお、すげえ」仲間の人りがでかい声を出した。
指さしたほうを見ると、奥の壁にキノコがびっしり生えてたんだ。柄がなくて
折り重なるように生えるやつだ。俺は家でキノコ採りをするんで、けっこう
詳しいんだが、見たことのない種類だった。「どうせ食えるやつじゃないだろ」
仲間の一人、吉井ってやつがそのキノコのかたまりを蹴った。そしたら、
もうもうと白い粉が舞ってキノコの塊が剥がれ落ちた。すごい嫌な臭いがした。
そうだなあ、植物の臭いじゃなかった。薬臭いと言うか・・・あ、そうだ。
正露丸の臭いに似ていたと思う。「ぷ、ぷ、ぷ、ぷ、やめろよ」

「そうだぜ。もう行こう。ここはひどく暑いや」  「そうだな、川でひと泳ぎ
しようぜ」当時から川での水泳は禁止されていたが、俺らはまったく
気にしなかった。今考えればかなり危険だった気がする。川にはガラス片や
缶詰のギザギザの缶も落ちてたし。俺らは出ようとしたが、吉井はキノコの
一片をむしりとると、それを押し付けるようにして突き当りの壁土に
大きく自分の名前を書いたんだよ。そのキノコの胞子で。「おい、何を
やってるんだ。大人が見たらお前が書いたって丸わかりじゃねえか」
「ああ、そうだな」でも、吉井は気にしてないようだった。そもそもそれを
見つける大人はいない気がした。まあ、こんな話なんだが、それが吉井を
見た最後になったんだよ。その夏休み中に亡くなったんだ。翌日、吉井は
遊びに出てこず、家まで行ったら忌中の札が出てた。

吉井の母ちゃんが出てきて、昨日の夜急に腹痛を起こして、医者に
連れてったが間に合わず苦しんで死んだってことだった。自家中毒って
いう診断が出たらしいが、吉井の母ちゃんは悪いものを食わせた覚えはない
と言って泣いていたな。3日後の吉井の葬式には出たよ。その頃の葬式は
家でやったもんだ。村長とかだと寺でやるがな。で、昔の葬式の
お経は長くてな。その後、会食があったが、俺らはそれには出ないで
帰ったんだよ。で、その帰り道だ。あの防空壕に行ってみたんだよ。
吉井が死んだのと、あのキノコ白い粉は関係ないと思ったが、万一という
ことがある。だからキノコにはさわらないようにと皆でしめし合わせた。
そしたらだよ・・・3日前と様子がちがってたんだな。キノコの数が
増えている気がした。しかも・・・奥の壁に吉井が自分の名前を大きく

書いたって言っただろ。その線にそってキノコが生えてたんだよ。
壁に大きく吉井って形に生えてたんだ。まあ・・・キノコの胞子をなすり
つけたから、それにそって増えたってことと思うが、俺らはそれを見て、
気味が悪くなって早々にそこを出たんだ。まるでキノコが吉井の死を
知ってるような感じがしたからだ。でも、そんなはずはないと思った。
でな、話はここで終わりじゃないんだよ。夏休みが終わる2日前、
またこの防空壕にみなで行ってみたんだよ。そしたら、また様子が変わってて、
突き当りの壁はびっしりと一面キノコだらけだった。積み重なるように
うず高く生えてたんだな。それを見て誰かが「吉井に似てるな」って言った。
キノコの塊が人の顔のようになって、目を閉じた吉井の顔に見えた。
そう、葬式のとき、最後に拝んだ顔とそっくりだった。