
『苅萱同心』
髪の毛が出てくる怪談というのは多いですよね。例えば、一人暮らしの男の
部屋なのに、女の長い髪の毛がときどき見つかる。変だなあと思っていると、
だんだん見つける頻度が増えてきて・・・というのは定番中の定番です。
自分も、風呂場の排水溝なんかに髪の毛がたまっているのを見れば、
ああ、気味悪いなあと思うんですが、この感覚というのはどっからくるん
でしょう。一つはフォビア(恐怖症)ということがあるのかもしれません。
フォビアというのは、さまざまな種類があるようで、
有名な対人恐怖症、高所恐怖症、蜘蛛恐怖症などの他、
風恐怖症、数字恐怖症、ニンニク恐怖症とかいうのもあるようです。
フォビアになる原因もまた多様なんですが、罹っている人が多いものと、
その人に独特な症例で、他人には理解しにくい希少なものとがあります。

対人恐怖症の人の数は多いでしょうし、ニンニク恐怖症は少ない。
・・・つぶつぶ恐怖症というのがあって、特に理由は考えられないのに、
似たような形の小さいつぶつぶがたくさん集まっていると怖いというものす。
これは自分もちょっと怖い(気持ち悪い)です。
蛇恐怖症というのは世界でも多いようですが、
もしかしたらそれと似た形で、無理に理由をつけなくても、
もともと人間には髪の毛恐怖症というのがあるのかもしれませんね。
しかし、これだけでは考察にならないので、
ネットで髪の毛が怖い理由というのを少し検索してみました。
・ 不潔な感じがするから
まあこれはあるでしょう。雑菌などが繁殖しているかもしれません。
しかし部屋の隅にある綿ゴミとかにも、同じように雑菌はいるはずです。

・ 人間の体の一部であるから
たしかに髪はDNAを含んだ人間の体の一部ではあります。しかし,
1日の間に人間の身体は、新陳代謝で1兆個もの細胞を入れ替えているので、
皮膚だってぼろぼろ剥がれてまき散らされているはずです。
微小な皮膚片は見えないし、髪の毛は見えるから怖いということでしょうか。
もっとも、髪、爪などは感染呪術の材料として、ヴードゥーの呪いなど、
世界的に使用されていますね。
・ 髪の毛には人間の情念が宿ると言われているから
これもあるでしょうね。
人の念を髪の毛は特に宿しやすいということなんでしょう。
僧や尼僧が髪を剃る(切る)のは、煩悩の元を捨てるということでしょうし、
髪の毛が伸びる人形というのも、人毛であればこれに入るのかもしれません。
この3つのことは、どれも髪の毛が怖い原因の一つになっていると思われます。
おそらく多くのことが複合して「髪の毛が怖い」感覚が生じているのでしょう。
あと、ネットで実にユニークな意見を見つけました。
「人間がまだ全身に毛のある猿人であった頃、
肉食獣に捕食された仲間の残骸の周囲に、たくさん毛が散らばっていたこと
などの記憶から」というもので、この意見の当否は自分には判断できませんが、
面白い着眼点だなあと思いました。

さて、怖い話で部屋に落ちていた髪の毛は、女性のものであることが
ほとんどです。これが,、白髪交じりの短い男性の髪で、頭頂部がハゲた
中年の幽霊が出てきた、というのでは怪談になりませんよね。
やはり怖い話に登場するのは、長い女性の髪の毛でないと様にならないようです。で、この女性の髪の毛というのは、強い情念と結びつけて語られることが
多いんですね。また、髪の毛と蛇の関連性もうかがえるようです。
『刈萱(かるかや)道心』の話をご存じでしょうか。これは仏教説話のような
形で語り継がれてきたものですが、その前段で、刈萱道心(元の名は加藤)
という大身の侍が、妻と側室を近くに住まわせていたが、
表面上は2人ともとても仲睦まじいように見えた。

ある夜、妻と側室が同じ部屋でやはり楽しそうに笑いながら囲碁を
打っていた。ところが灯火に映った影を見ると、2人の髪が互いに蛇と化して、
くんずほぐれつ争っていたという話が出てきます。やがて正室の憎しみが、
ついに側室殺害未遂にいたるという事件を引き起こし、この世に嫌気を
感じた加藤は、誰にも告げずに高野山に入り刈萱道心となります。
『安珍・清姫伝説』でも、安珍に騙されたと知った清姫は、履物を脱ぎ捨て、
髪をふり乱した姿で安珍を追いかけ、ついには川を渡れずに蛇身となります。
・・・・まあ、女性の髪が現代よりもずっと長かった時代ですし、髪の長さが
美人の条件とされたこともありました。男尊女卑の考え方が普通であった
時代でもあります。けっして髪の毛が怖いのは女性が怖いからだ、
という結論ではありませんので、そこはご理解ください。
『清姫』
