今回はこういうお題でいきます。歴史的な内容ですが、妖怪とも関係が
あります。さて、Wikiで妻問婚を調べてみると、

こういった記述が出てきます。

「婚姻の一種で、夫が妻の下に通う婚姻の形態のこと。招婿婚ともいう」
世界各地に見られる慣習ですが、今回は日本のことにしぼって
お話していきたいと思います。

日本においては、妻問婚は古墳時代から平安時代の中期までに見られます。
これは女系社会に多い慣習です。夫が妻と決めた女性を訪ねていき、
「ヨバイ」を行う。「ヨバイ」は「呼ばい」つまり名前を呼ぶことなのですが、
それが後に「夜這い」に変化しました。このとき、できた子どもは
妻の家で養育されるのが一般的です。

 



この慣習には、2つの大きな問題がありました。一つは、妻の生活が
夫の持ってくる財物に依存していたことです。夫が頻繁に来る場合は妻の生活も

豊かですが、夫の心が冷めて、来なくなると生活がたちまち困窮します。

もう一つは、外戚(妻の親族)が力を持つことです。平安時代、藤原氏を
妻に持つ天皇は、子供時代、藤原氏の家で養育され、そのときに
藤原氏が摂政・関白になって、政治をとりしきるという形が多くなりました。

で、このことは、上記したように、妻の生活においては大問題だったんです。
平安時代の女流歌人、小野小町も、容色が衰えた晩年は悲惨な生活であったと
言われますし、平安文学で有名な

 

紫式部



紫式部や清少納言も、晩年のことについてはよくわかっていないんです。

清少納言は離婚もしていますしね。女性はとくに官位などもなく、固定された

収入はありませんでした。すべて夫に頼っていたのです。ですから、十分な蓄えが

ないと老後は悲惨でした。御所に仕えた身でもこれは変わりません。

このことから、夫が来なくなったための悲劇が『今昔物語』には、いろいろ
出てきます。夫が来なくなった妻が、一人暮らしの家で病気で苦しんで死に、
夫を恨む怨霊になったのを、陰陽師が祓うといったものがありますね。

このようなことは実際にたくさんあっただろうと考えられます。現代の作品ですが、

夢枕獏氏の小説『陰陽師』の中の「生成り姫」もそうです。

生成りとは、鬼になる一歩手前の

 



般若のような状態のことで、蛇を表しているとされます。この話の場合、
夫の心が別の女に移ってしまって、嫉妬と経済的な困窮で狂ってしまった女が

生成りになって夫を殺そうとする。

また、このことは「丑の刻参り」とも密接に関係しています。能の『金輪』では、

夫が心変わりした恨みから、妻が貴船明神に夜ごと参詣して丑の刻参りを行い、

囲炉裏に立てる金輪をかぶって鬼に変じるという筋立てです。

 

夢枕獏氏の作品はこれを下敷きにして書かれたものだろうと思われます。

ということで、やはり妻問婚という形態がもたらした悲劇と言えるでしょう。

しかし、平安時代の終わり頃からは夫婦が一緒に暮らす例も多くなりました。

 

下の図は、鳥山石燕の妖怪画「青女房」ですが、絵を見ると、平安時代らしき

女官が、鏡の前でお歯黒をつけている姿が描かれています。当時、

お歯黒は既婚者の印でした。しかし、眉はぼうぼうです。

 



屋敷は荒れ果てており、鏡もぼろぼろです。ここで「青」というのは、若い

という意味ではなく、顔色が青ざめているとか、そういった

ことであろうと思われます。

解説文には、荒れ果てた古御所で誰か(おそらくは昔の恋人か)が訪ねて来るのに

備えて常に化粧をしているとあり、これはここまで書いてきた妻問婚による悲劇と

関連していると考えられます。石燕も、ここから出てきた妖異譚が

多いことを知っていたと考えられます。では、このへんで。