今回はこういうお題でいきます。昨日、清水崇監督の松竹映画『八つ墓村』を見て
きましたので、その感想がてら、映画についての話をしていきたいと思います。
ネタバレがあるので、未視聴の方はこの記事はスルーされてください。
youtubeなどを見るかぎり、評価はけっして良くはないですね。
面白かったという感想よりも、「なんだこれは!」と怒っている人のほうが
多いように見受けられます。
その低評価のポイントは、① 原作の横溝作品とはまったく違う話になっている
② 推理映画ではなくホラー映画になっている この2つかと思うんですが、
これに関しては、自分はとくに悪いとは思いませんでした。

というのは、原作の小説があるわけだし、過去の映画作品もおあるわけですから、
同じことをやるのなら、新しく作る意味はあまりないんですね。ホラーとしての
『八つ墓村』をつくるというのは、それなりに価値はあると思います。
しかし、そうだとすれば、もっとホラーに徹してほしかったという気はします。
とくに探偵の金田一耕助の存在ですね。この映画ではまったく活躍してないし、
むしろ途中で、「これはもう私の手には負えない」のようなことを言っています。
もともと、金田一耕助はズバズバと名推理で事件を解決していくというタイプ
ではなく、事件が全部終わってから犯行の詳細を解説する、
いわば狂言回しのような役割です。

それでも、推理映画であれば、それなりに活躍する場面は出てくるはずです。
ところが、この映画は純ホラーなので、推理してもまったく無意味なんです。
だって、相手は落武者の怨霊なので、理詰めの行動なんてしないんですね。
超自然全開でせまってくる。
推理してもまったく無駄なわけです。怨霊は壁を抜けたり、念力で鍵を外したり
できるので、密室なんかも簡単につくれてしまう。
だったら、どうすればよかったのか?
自分が監督だったら、無理に金田一耕助は出さないと思います。そしてその
代わりに霊能者を出す。そうして、その霊能者が怨霊を払う方法を
あれこれと考える。そのほうがホラーとしては正統的な筋と言えるでしょう。
つまり、無理に横溝作品の名前を借りない。
1977年版

それと、この映画はホラーとしてもあまり怖くはない。これは最近の人は
あまりに怖い映画は見なかったりするので、わざとマイルドな
怖さにしているという面はあると思います。
ということで、推理映画ではない。ホラーとしてはあまり怖くないという
中途半端なものになってしまっている気がしました。しかし、このあたりが
日本の映画全般が世界に通じなくなった原因でもあるんですよね。
とにかくお金がない。だからなかなか思い切って振り切った映画がつくれない。
『八つ墓村』、金田一耕助という名前を借りればある程度はヒットするだろう。
なるべく多くの層に観てほしいから、濡れ場は入れないし、スプラッター
シーンもほどほどにする。
そうすることで、そこそこの収益にはなるでしょうが、あくまでそこそこであり、
世界的に評価されるものにはならないんですね。アメリカなどは
違います。監督がよい脚本を手に入れてプロデューサーに売り込む。
1996年版

プロデューサーはそれに手応えを感じたら、出資者を集めて、日本円で
何百億もの予算をつくる。はじめから制作の過程がまったく異なっています。
作品は失敗することもありますが、うまくいけば世界的な大ヒットになる。
こういう感じで作られているんです。
こう考えてみると、今後、日本から世界的な作品が出ることは期待しにくい。
まあしょうがないです。それだけ世の中が貧しくなってきている。
と、この映画の内容とは関係なくなってしまいましたが、こういったことを
考えさせられました。では、今回はこのへんで。
