今回はこういうお題でいきます。じつは鎌倉時代はけっこう難しいんですよね。
鎌倉時代は1185年から1333年までと言われることが多いですが、
では、鎌倉が日本の中心だったかというと、考え込まざるをえない。

おそらく、京都の人は相変わらず京都が日本の中心と考えていて、鎌倉は
武士の本拠地程度に思っていたんじゃないかと思います。『徒然草』などを
読めば、京都在住の兼好法師はそう考えていたことがわかります。

こういう2重性があったんですね。ただし、京都の貴族は、荘園を失って

平安時代に比べて入ってくるお金が少なくなり。その分、食事も質素になって

いたと考えられます。何種類もの膳が出てくることはなかった。

 

鎌倉時代の食事



米は玄米が中心でした。それを蒸した、あるいは水を少なめにして炊いた
強飯(こわいい)、あるいは粥。白米もあるにはありましたが、贅沢品であり、

とくに武士が口にするのは稀であったと思います。武士の食事はひじょうに質素で、

上記した『徒然草』には、執権であった北条時頼が、台所の棚の皿にこびりついて

いた少しの味噌を肴にして、酒を飲んだという話が出てきています。醤油が

出回るのは江戸の中期頃で、それまでは塩と味噌が味付けの中心。

それと、平安時代と同じく、出汁というものはまだありません。昆布は
沿岸部では生で食べられていたかもしれませんが、干して出汁取りに使うという

習慣はなかったと考えられます。

 



また、かつお節などもなかった。ですから、せいぜいアサリやシジミ、生椎茸

などから出た自然の旨味を味わうのがせいぜいであったと思われます。

つまり、あまりおいしくはなかった。

次は獣肉ですが、ご存知のように鎌倉時代はひじょうに仏教が盛んになり、
殺生戒が強く言われましたので。ほとんど食べられていなかったと
思います。山鳥など、野生の鳥の肉はありましたが、珍しい食べ物。

魚は、生魚を刺身で食べる文化はまだなく、あったとしても浜辺の
漁師が食べる程度で、保存がきくイワシの干物や一夜干し、塩漬けなどが

中心でした。基本は野菜食だったんです。

 



調味料は塩と味噌、砂糖もまだありません。酢の物はあることはありましたが、
現在の酢の物というより、酢締めが中心、現代の「ままかり」のような感じです。
『今昔物語』には鮎ずしが出てきていますね。

揚げ物はほぼなし。これは油が貴重で、大量の油でものを揚げるという発想が
なかったからです。ですから、豆腐はありましたが、油揚げはありません。
もしかしたら、寺院などで精進料理として、少量の油で野菜を
揚げたものはあったかもしれません。

鎌倉時代は脂肪(油)を摂取する量はたいへん少なく、人々はみな痩せていたと
考えられます。運動量も多かったし、それなりに健康的だったと
言えるかもしれません。現代人は唐揚げなどの油物を食べる人が多いですが、

ホワイトカラーであれば、すこしずつ太っていく。

 



あとは、果物はありましたが、現在のように品種改良されてはおらず、
おそらく酸っぱい、渋いものが多かった。甘みも薄かっただろうと思われます。

それでも砂糖のない時代、貴重は貴重で、野生の山ぶどうなども食べられて

いました。瓜は野菜のような扱いですね。

あとは豆腐ですね。これは当時からあり、いろいろな形で食べられて
いたようです。あと、京都の寺院では湯葉も、貴重なタンパク源として
食べられていたようです。

だいたいこんなところですね。意外に書くことがありました。これらを
総合すると、とても豊かな食生活とは言えず、とくに庶民は、
食事を楽しむという感覚ではなかったと思われます。空腹をまぎらわせる
程度。では、今回はこのへんで。